2024年1月から2月にかけて開催しましたブラベクトCat Friendly Seminar2024のサマリーレポートをシリーズでお届けいたします!
第2弾は藤原亜紀先生による「よく遭遇する猫の気管支・肺疾患を再考する」についてです!
はじめに
当院(日本獣医生命科学大学附属動物病院)に来院する呼吸器疾患の約8割が猫であり、そのうち最も多いのは鼻腔内疾患と気管支・肺疾患です。当院がCT・MRI検査が可能であるため鼻腔疾患の症例が多く来院していることを考慮すると、気管支・肺疾患を持つ猫が多く存在すると考えられます。
猫での気管・気管支疾患の内訳は、慢性気管支炎、猫喘息といった下気道炎症性疾患が約9割を占めます。下気道炎症性疾患を診断するにあたり、細気管支疾患・間質性肺疾患との鑑別が重要となります。診断には、画像検査(X線やCT・気管支鏡)とBALF所見、品種や年齢(若齢であれば猫喘息の可能性)、マイコプラズマ感染の有無、寄生虫の有無(肺虫・糸状虫・回虫・吸虫)などから考えます。品種に関しては、当院のデータではロシアンブルーが他品種と比較して2~3倍多いです。
当院に紹介されてくるときにはすでにステロイドが投与されている症例も多いですが、特に感染に関しては地域差やその個体の免疫状態に大きく左右されるため、ステロイド投与により効果があったからといって感染が除外できるわけではありません。
猫の細気管支疾患
猫の細気管支とは、軟骨が存在しない直径2mm未満の気道であり、大気道と肺実質をつなぐと定義されています。原発性と二次性に分けられます。(図1)二次性の細気管支疾患は細気管支より上部、もしくは下部での炎症が波及してくることにより生じると言われています。また、細気管支と呼ばれる部位は肺の近くであり、咳受容体が存在しません。咳を伴わない頻呼吸が認められるような臨床徴候を示す猫喘息の猫は、この細気管支疾患や間質性肺疾患が主体なのではないか、とここ最近は考えられています。
猫における下気道炎症性疾患の所見
気管支疾患の主な症状は咳ですが、進行すると肺の過伸展、肺気腫が生じることがありますが、その場合は咳ではなく呼気努力や腹式呼吸が認められます。気管支拡張を併発することは少ないですが末期になると認められることもあります。ただ、そういった症例を剖検すると間質性肺疾患が生じていることもあります。
さらに進行すると気管支肺炎を発症することもあり、当院のデータではアメリカンショートヘアーやロシアンブルーが好発品種であることが分かっています。
また、慢性化すると、気管支内分泌液(粘液栓)が貯留します。X線検査では肺腫瘍のように見えることもあるので注意してください。また、粘液栓が詰まることで右中葉(前葉)が虚脱肺となることもあります。
図2は胸部全体に気管支肥厚像が認められている典型的なX線写真です。図3は重度に粘液栓が貯留した症例です。CT画像でも拡張した気管支の中に粘液栓が詰まっているのが確認できます。
進行すると図4のように肺の虚脱、過伸展が認められることもあります。図5はコントロール不良で気管支肺炎を発症した症例です。元々咳が認められていたがあまり積極的な治療はされておらず、全身状態が悪化したため来院しました。気管支の周囲に肺胞間質パターンが認められています。このような場合、肺エコーによって気管支炎と気管支肺炎をある程度鑑別できます。(図6)
気管支炎の場合、肺エコーでは異常は認められません。一方で、気管支肺炎になると肺へ炎症が波及するため、胸膜が肥厚したり、Bラインが確認できることがあります。
治療
主な治療はステロイド薬、気管支拡張薬です。ステロイド薬は一般的に使われますが、臨床徴候がある時のみに頓服として使用するのではなく長期的な治療が重要であり、臨床徴候が落ち着いていても半年に1回はX線撮影を行うことをおすすめします。プレドニゾロン内服が投与しやすく、効果も顕著ですが、長期的な治療を考慮すると吸入治療を行っていただきたいです。成書では500μg/head/dayと書かれていますが、私は100μg/headを1日1-2回行っています。
人では吸入の気管支拡張薬も多く使用されておりますが、猫ではまだ安全性が確立されていません。発作性の咳が生じている場合には、頓服として吸入薬を使うこともありますが、基本的には内服を使用しています。私の場合、軽症例であればステロイド薬の吸入と気管支拡張薬の内服で治療を開始します。また、一部の症例ではシクロスポリンが猫喘息に有効であるとも言われています。重度の無気肺、肺の過伸展を引き起こしているような症例では、すでにステロイドを投与されている猫も多いため、低用量シクロスポリン(およそ10mg/head)を投与することで良化する症例もいます。感染性の疾患ではないため、基本的には長期での抗菌薬投与は行いません。
肺疾患
肺疾患の主な症状は、気管支に炎症が波及していない場合、頻呼吸です。
肺における鑑別疾患として、肺水腫・肺炎・肺腫瘍がよく挙げられますが、X線だけでは鑑別しきれません。臨床徴候や肺の超音波検査などで総合的に判断していきましょう。
犬と猫での肺疾患の内訳ですが、犬と猫ではそこまで差が認められません。ただし、肺炎の内訳は大きく違っています。(図7)
肺炎の原因
また、別の報告では感染性肺炎の猫(成猫40頭、幼猫145頭)の原因を調査したところ、細菌が原因となっていた場合は成猫21頭・幼猫69頭でした。(図8)
成猫21頭のうち16頭は気管支肺炎だったため、やはり気管支疾患を有すると二次的に生じる可能性がありますが、ウイルスや、細菌とウイルスの併発はやはり圧倒的に幼猫が多く、単純な細菌性肺炎は幼猫以外では少ないという事が分かっています。
誤嚥性肺炎
猫の誤嚥性肺炎はそれほど多くないとお話しました。気管支肺炎と鑑別する方法を調べた研究があります。気管支肺炎の猫96%で認められる症状である咳が、誤嚥性肺炎の猫では14~24%でしか認められないことが分かりました。また、臨床徴候期間が気管支肺炎の猫では中央値270日だったことに対して、誤嚥性肺炎の猫では中央値12日と短期間でした。
猫の誤嚥性肺炎では常に急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を意識しましょう。猫では犬と比較して肺が弱いためか、初回の誤嚥性肺炎でもARDSを生じる危険性があり、致死率はほぼ100%です。ARDSが生じる要因として多いものは誤嚥性肺炎です。
原発性肺腫瘍
猫では圧倒的に腺癌が多く、他には腺扁平上皮癌、扁平上皮癌、リンパ腫、組織球性肉腫などがあります。また、間質性肺疾患や気管支炎から続発して生じることがあります。
臨床徴候は呼吸器徴候がないことも多く、食欲不振や体重減少、活動性低下などの非特異的な徴候や無徴候であることも多いです。肺指症候群は、猫において肺腫瘍の挙動がとても悪いことを示すものですが、肺での病変はとても小さいにもかかわらず、指・肩甲骨・頬骨などへの遠隔転移で腫瘍が見つかることもあります。
胸水貯留
猫の胸水貯留が起こる疾患は、心疾患・腫瘍・膿胸・FIP・乳び胸・出血(外傷)ですが、心疾患と腫瘍以外は抜去すれば診断可能です。腫瘍疾患でも胸水中に腫瘍細胞が認められないことも多いです。心疾患は除外できたがX線で腫瘍陰影が確認できない原因不明の胸水貯留である場合、肺の超音波検査が有用なことがあります。
図9の症例は、肺の超音波検査で辺縁がスムースな結節が認められ、腫瘍の可能性が考えられました。確定診断には細胞診が必要ですが、この症例は何度か胸水抜去を繰り返しているうちに腫瘍細胞が認められ、肺腺癌でした。
まとめ
猫の下気道炎症性疾患や肺疾患はそれぞれが全く独立したものではなく、気管支炎や間質性肺疾患の一部は細気管支炎を引き起こし、さらに間質性肺疾患のなかには肺腫瘍を引き起こすこともあります。このように進行すると別の疾患につながるかもしれない、ということを念頭に置いておいてください。
また、当院のデータでは人気品種であるアメリカンショートヘアー、ロシアンブルー、スコティッシュフォールドに多い傾向があります。
さいごに
今回は呼吸器疾患の中でも猫に特徴的な気管支・肺疾患について、それぞれの鑑別・診断方法を、様々なデータや症例をもとにお話してくださいました。是非、日々の猫の呼吸器診療にお役立てください。