2024年3月に開催しましたVETS TECH WEB SEMINAR Vol.56のサマリーレポートをお届けいたします!
佐野忠士先生による「周術期のリスクマネージメントを見直す! 麻酔・周術期監理における検査の意義と薬剤の選択について」について佐野先生にご執筆いただきました!!
はじめに
最近の獣医療、特に伴侶動物医療においては飼育動物の高齢化、飼い主の意識の変化、医療情報の共有化などがトピックとして挙げられるのではないだろうか?このような背景を意識した場合、高齢動物にも「安全に」鎮静処置や麻酔処置を行いたい、動物への負担をできるだけ少なくできる状況での状態評価を行いたいなどの要望、欲求が湧いてくるのが自然の流れである。本記事では、麻酔・周術期管理における患者状態評価のための有用な検査法について概説し、得られた結果を薬剤選択に生かす臨床的有用性について述べる。
麻酔・周術期のスクリーニング検査は有用か?
VETS TECH主催の本タイトルのセミナー内で実施されたアンケート調査によると(約3000人が視聴)、手術・周術期に行われるスクリーニング検査の項目としてはCBC / 電解質 / 肝臓パネル + 腎臓パネルという回答が約7割を超え、麻酔や周術期に使用する薬剤の作用への不安を反映した結果であることが強く伺えた。
スクリーニング検査の有用性については、これまでにも多くの報告があり、例えば、7歳齢以上(平均10.99歳齢)の犬101頭で、13頭が皮膚腫瘍を除く基礎疾患を病歴として有し、麻酔前検査として病歴の聴取、身体検査、ヘマトクリット値、血液生化学検査、尿検査を実施したところ、新たな疾患が約30%(30頭)で診断され、そのうち13頭の麻酔が延期されたとする報告1)や、6~13歳齢(中央値9歳齢)の53頭の臨床的に正常なゴールデン・レトリーバーで身体検査、全血球算定、血液生化学検査、尿検査で54.7%(29頭)、腹部超音波検査で64.2%(34頭)に潜在的に問題となり得る疾患が認められたとする報告2)のように「麻酔・周術期におけるスクリーニング検査の有用性」を強く示すものがある一方で、0.13~17.5歳齢(平均5.8歳齢)の1,537頭の犬うち、84.1% (1,293頭)で全血球算定、血液生化学検査の必要がなく、検査によりASA分類のカテゴリーが高くなった犬は8%(104頭)、手術が延期となった症例は0.8%(10頭)という報告3)や、麻酔前検査として全血球算定および血液生化学検査が行われた474頭の犬(平均9.64歳齢)と298頭の猫(平均11.65歳齢)では95%の犬と97%の猫で1項目以上の異常が認められたが、病歴と身体検査から予期されなかった問題が明らかとなった割合は0.9%(7頭)であったとする報告4)のように「麻酔・周術期におけるスクリーニング検査の有用性は低い」ことを示す報告が混在している。
これらの報告から一つの結論を導き出すことは困難であるかもしれないが、検査実施の方向性としては病歴の聴取と身体検査はすべての年齢の動物で行うべき麻酔前検査であること、病歴の聴取と身体検査で異常が認められない場合,若齢の動物で全血球算定および血液生化学検査の重要性は高くはないが、中齢以上の動物では補助的な麻酔前検査の実施に一定の価値があるという考え方が支持されるかもしれない。大きな異常がないことを確認することには意味があるものの、それが麻酔・周術期管理のリスク軽減につながるかは、また別の問題であると言い換えることができる。
スクリーニング検査で得られた結果を麻酔・周術期管理に活かす!
前述のように、麻酔・周術期のスクリーニング検査の結果は「補助的な検査として一定の価値がある」とされる、なんとも微妙な立ち位置のような記載であるが、得られた結果を価値あるものとすることは十分に可能である。例えば、一般的に「腎臓パネル」と呼ばれる腎臓の機能を表す項目の評価を、IRIS(International Renal Interest Study)の慢性腎臓病の重症度分類(表1)と照らし合わせることで麻酔・周術期管理に活かす管理法を検討することが可能となる。
表1. | 血清クレアチニン値(mg/dL) | |||
---|---|---|---|---|
Stage1. 高窒素血症の認められないCKD | Stage2. 軽度高窒素血症 | Stage3. 中等度高窒素血症 | Stage4. 重度高窒素血症 | |
犬 | <1.4 | 1.4~2.8 | 2.9~5.0 | >5.0 |
猫 | <1.6 | 1.6~2.8 | 2.9~5.0 | >5.0 |
表2.薬物 | 注意点 |
---|---|
アミノグリコシド | 腎毒性の可能性があり、CKD患者への使用は一般的に推奨されない。治療期間は最短にする(7日未満)。 |
ペニシリン | 高い治療指数であるが、蓄積に注意。ペニシリン はCKDの猫では「おそらく安全」と分類されているが高窒素血症の猫に対しての調整については未確定。 |
セファロスポリン | 中等度から重度のCKDを有するイヌおよびネコでは投与間隔の延長を考慮すべき。 |
サルファ剤 | 腎毒性の可能性があり、特に脱水の症例では注意。腎機能が低下している患者では、投与量を半分にする、または投与間隔を2倍にするなど投与量の調節を考慮する。 |
テトラサイクリン | 水溶性薬剤(オキシテトラサイクリンなど)では腎毒性のリスクが高まるため、腎機能が変化している患者では、ドキシサイクリンまたはミノサイクリンを使用するのが望ましい。 |
フルオロキノロン | 腎および非腎排泄経路を経る。用量調節は 犬では必要ないかもしれないが中等度のCKD猫患者では、投与間隔の延長が推奨される。 |
NSAIDs | 腎毒性の可能性あり。他の腎毒性を有する薬剤との併用は避けるべき。腎機能の綿密なモニタリングと最小有効量の投与が推奨される。異なるNSAIDs分子とコルチコステロイドの間には、十分なWash-Out期間を設けるべきである。 |
ステロイド | イヌでは高窒素血症悪化の可能性と蛋白尿発現が報告されているが、イヌおよびネコにおける腎毒性のエビデンスは乏しい。 |
この場合、ご存知の通り多くの薬剤は「肝臓代謝を受ける」ため、全ての薬剤の使用が躊躇されるような印象を受けるが、実際、麻酔・周術期に使用される薬物の多くは腎臓の場合と同様「肝毒性」を有するものはないため、その投与法に注意(例;使用量の低減、拮抗薬の使用)することでリスクマネージメントとなり得る。肝臓の機能が低下・悪化している場合、肝臓では代謝を受けない揮発性吸入麻酔薬単独の使用が「安全」と誤認されがちであるが、揮発性吸入麻酔薬のみでの管理の場合、どうしても高い吸入麻酔薬濃度が必要となり、結果、総肝血流を低下させてしまう5)。
これは術後・麻酔後の肝機能低下/悪化に繋がりかねいため避けるべき管理法である。麻酔中の吸入麻酔薬の低下を得るためには、同時に使用される薬剤の選択が重要となる。例えば、肝臓での代謝の影響を受けない麻薬性オピオイドであるレミフェンタニルの使用は非常に好ましい。その他、周術期の制吐目的で使用するマロピタントは、揮発性吸入麻酔薬量の低減、術後の疼痛管理でも報告があり、周術期に有効活用できると思われる。このマロピタント製剤の先発品であるセレニア注(ゾエティス・ジャパン株式会社)は静脈内投与の適応があり周術期において活用しやすい製剤である。
スクリーニング検査の積極的実施のために
令和5年12月31日時点における農林水産省による飼育動物診療施設の開設状況によれば、12,706の小動物診療施設がある中で、獣医師1名だけが診療に従事している施設は7,963施設(62.7%)と限られた人員の中で診療、検査、治療を行っていることが伺える。
愛玩動物看護師法が制定され、愛玩動物看護師が動物病院でこれまで以上に病院業務で活躍するようになり、特に「採血による血液の採取」(採血業務)は非常に重要な病院業務である。また、日本ペットフード協会による犬猫の飼育状況調査においても、約70%の犬・猫が室内飼育が主体の小型犬・猫であることが示されており、検査が実施される動物における採血業務は困難(大量の採血が難しい)と感じることも多くある印象を受ける。
患者状態把握をより詳細に把握したいために実施するスクリーニング検査であるが、その実施を制限する因子に対して、効果的な検査装置があるか?ないか?は実施そのもののハードルの高さに大きく作用する要因となることは容易に想像できることであろう。
・少量サンプルで実施可能
・検査前準備が簡便
・短時間で(必要項目の)結果が得られる
は上述の問題・不安を解決するために重要な事項であると考えられる。
人医療における採血業務を参考に考えると、全ての必要スクリーニング検査項目の測定のためには全血で約5ml程度の採血が必要であり、これを伴侶動物医療で常時実践するのは不可能とまでは言わないまでも、飼い主様心情や、実施者心情からも躊躇することも少なくないであろう。どの位のサンプル量までが測定の実施が妥当か?という質問に明確な答えはないものの、可能な限り少ない量で必要項目が測定できるのであれば、それに越したことはないというのが実施獣医師の本音であろう。VETS TECH主催のセミナー内でも紹介したがゾエティス・ジャパンのベトスキャン VS2は、非常に少ない血液サンプル量(全血、血漿、血清で約100μL)での測定が可能であり、測定も簡便、測定時間も約10分、また各「パネル」ごとの測定項目が設定されており、測定検査項目を選ぶ手間も省くことが可能で、忙しい診療現場におけるスクリーニング検査実施に非常に適した装置である。このような装置は、周術期、健康診断時のスクリーニング検査で使用しやすいであろう。
また、当然のことながら、測定項目が「より意味を持つもの」でなければ検査を積極的に実施する意義としては高いものとはならない。患者動物の状況をより詳細に把握でき、よりきめ細やかな管理・看護体制へと結びつけるためには、血液ガス分析の実施による代謝・呼吸性因子の把握と状態評価は重要である。しかしながら、一般臨床の現場において血液ガス分析装置を所有している施設はそれほど多くはない印象があり、さらには装置を所有していてもスクリーニング検査に活用している病院はさらに少ないのではないだろうか?これらの不十分な状況に対して既存のスクリーニング検査項目と、プラスアルファの「ある項目」を測定することでそれが実現するとなれば、どうであろう?血液ガス分析における酸塩基平衡異常に関する詳細な解説は今回は省略させていただくが、簡単な検査項目としてpHとHCO3-に電解質の項目を追加することで、アニオンギャップの評価も可能である。
アニオンギャップとは血液中の陽イオン(カチオン)の総量と、陰イオン(アニオン)の差であり、【 Na+-(Cl–+HCO3–)】の式で概算される。正常値は12±2 mEq/Lで、代謝性アシドーシスの原因を鑑別する指標となる。ここで、アニオンギャップ12を正常、HCO3–は24を正常とすると、Na-Clは36が正常と仮定される。このように概算することで、NaとClから酸塩基平衡の異常を大雑把に見抜くことができるのである(表3)。
表3. | 予測される酸塩基平衡異常 | 注意点 |
---|---|---|
Na-Cl < 36 | 代謝性アシドーシス | 呼吸性アルカローシスの代償反応によるHCO3-低下 |
Na-Cl =36 | 正常 | * |
36 < Na-Cl | 代謝性アルカローシス | 呼吸性アシドーシスの代償反応によるHCO3-上昇 |
また、血液ガス分析装置でしか測定できないHCO3–は、実はtCO2と良好な相関を示すことが明らかとされており、スクリーニング検査でtCO2が測定可能となれば、概算としてのアニオンギャップ算出をより精度の高いものとすることができる。
病態の管理についても、前述のIRIS分類における慢性腎不全患者の評価と治療において、Stage-3および4の患者動物に対しては、犬で代謝性アシドーシス(血中重炭酸濃度もしくは総CO2濃度<18 mmol/L)が認められた場合には、 適切な食事療法により状態を安定化させたのち、重炭酸ナトリウム(低カリウム血症が認められる場合にはクエン酸カリウム)を効果が出るまで経口投与し、 血中重炭酸濃度もしくは総CO2濃度が18~24 mmol/Lの範囲になるよう管理すると記載されており、猫においても代謝性アシドーシス(血中重炭酸濃度もしくは総CO2濃度<16 mmol/L)が認められた場合には、適切な食事療法により状態を安定化させたのち、重炭酸ナトリウム(低カリウム血症が認められる場合にはクエン酸カリウム)を効果が出るまで経口投与し、 血中重炭酸濃度もしくは総CO2濃度が16~24 mmol/Lの範囲になるよう管理すると書かれていることからも、患者状態にtCO2を加えてみることは、新しいスクリーニングパネルであることを確認することができる。
終わりに
飼育動物の高齢化、飼育環境の変化そして飼い主様の意識の変化からも、患者動物の「安全」「健康」の確保は、これまで以上に重要となっている。そのような状況の中で、臨床現場の我々が得ることのできるサンプル、情報は「限られたもの」であるが、その得られた限られた情報から、今までとは異なる新たな情報を収集するためのわずかなワンステップを、本記事から得ていただければ、幸甚の極みである。
執筆者
東京大学大学院にて博士号取得、北里大学、日本大学、
酪農学園大学を経て、現在、帯広畜産大学 勤務。
周術期管理を診療および研究活動の主軸としており、獣医師だけでなく、愛玩動物看護師の教育に尽力している
引用文献
1) Pre-anaesthetic screening of geriatric dogs Joubert K.E.(2007):Journal of the South African Veterinary Association 78, 31-35
2) Ultrasonographic and laboratory screening in clinically normal mature golden retriever dogs Webb J.A., Kirby G.M., Nykamp S.G., et al.(2012):Canadian Veterinary Journal 53, 626-630
3) Is routine pre-anaesthetic haematological and biochemical screening justified in dogs? Alef M., von Praun F., Oechtering G. Vet Anaesth Analg. 2008 Mar;35(2):132-40.
4) Davies M., Kawaguchi S.(2014):Veterinary Record 174, 506
5) The effects of sevoflurane, halothane, enflurane, and isoflurane on hepatic blood flow and oxygenation in chronically instrumented greyhound dogs. Anesthesiology. 1992 Jan;76(1):85-90.