進行性脊髄軟化症の外科治療について

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本論文の著者である平野隆爾先生からご提供いただいた画像と解説コメントがございます！ぜひご覧ください！

進行性脊髄軟化症（PMM）の犬における硬膜切開術＋広範囲片側椎弓切除術の有効性について日本のRyuji Hirano氏らは34頭の進行性脊髄軟化症の犬を用いてレトロスペクティブに研究を実施した。その結果、82.5週のフォローアップ期間中の生存率が91%（31頭/34頭）であることが明らかになった。結果はBMC Veterinary Research 2020年12月に掲載された。

研究の背景

進⾏性脊髄軟化症（PMM）は急性脊髄損傷に続発し、障害部位より脊髄壊死が頭側へ進⾏する致死的な疾患である。⾁眼的に脊髄は広範囲に軟化しており、組織学的には出⾎性壊死、液状化が認められる。その多くは後肢深部痛覚を消失した⽝の椎間板ヘルニアに続発することが報告されている。PMMが胸腰部椎間板ヘルニアに続発した場合、進⾏に従って下半⾝の完全⿇痺（会陰反射の消失、腹筋緊張度の低下）、上⾏性の⽪筋反射消失、前肢および呼吸筋の⿇痺が⽣じて死に⾄る。PMMの病態生理には脊髄内圧の上昇が関与する報告があり、外科手術による脊髄除圧術がPMMの進行に有効である可能性がある。そこで著者らは、PMMと推定診断された犬における硬膜切開を伴う広範囲片側椎弓切除術の有用性を評価することを計画した。

進行性脊髄軟化症の犬34頭に硬膜切開術＋広範囲片側椎弓切除術を実施

本研究には2014年11月から2020年5月の間に椎間板ヘルニアと診断され、PMMと推定診断された犬をレトロスペクティブに組み入れした。PMMの推定診断は神経学的検査所見ならびにMRI所見にて確認される進行性の臨床徴候に基づき行った。なお、全頭でPMMと一致する下半身の完全麻痺（会陰反射の完全消失、会陰及び腹部緊張の進行性消失）および上行性の皮筋反射の消失が確認された。また、MRI検査において全頭でT2強調画像においてL2椎体の長さの6倍を超える脊髄の高信号領域髄内更新号領域が確認された（下画像）。

プロトコール
はじめに椎間板逸脱物質を⽚側椎⼸切除にて除去し、当該部位における脊髄の硬膜を切開した。脊髄軟化の存在を⾁眼的に確認した後、頭側（MRI T2強調高信号の見られる最頭側部位）に向かって広範囲に⽚側椎⼸切除を行い、同じ椎体まで硬膜を切開した。また椎間板物質逸脱部位における軟化した脊髄は組織学的診断のため⼀部を採材した。

評価
退院後2～4週間で再検査し、健康状態および神経学的徴候を評価した。その後も3～6か月間にわたって毎月再検査を行った。その後も年1回または年2回、再検査又は電話相談によりフォローアップ調査を行った。

周術期生存率は97%、術後82.5週の生存率は91%

本研究には34頭のPMMと推定診断された犬が組み入れられた。年齢中央値は5.1歳で34頭中23頭がミニチュアダックスフンド、8頭がトイプードルであった。歩行不能に陥ってから手術までの平均期間は3.8日であった。

手術所見・組織学的検査所見
硬膜切開術＋広範囲片側椎弓切除術は全ての犬で実施した。摘出椎間板材料は全ての犬から採取し、それらの脊髄は肉眼的に広範な全体的な軟化を示した。なお、全ての犬で、椎間板突出部位の軟化した脊髄の生検により,脊髄軟化症の組織学的診断を確定した。なお、片側椎弓切除術を実施した平均椎体長は12椎体分であった。

周術期・術後転機
術後2週間の時点での周術期生存率は97%（33/34頭）であった。術前に四肢麻痺が認められた1頭のみ、呼吸不全により術後3日で死亡した。
フォローアップ調査期間は82.5週（中央値）であった。術後生存率は91%（31/34頭）であり、死亡した2頭のうち、1頭は術後54日目に誤嚥性肺炎で死亡、1頭は術後56日に腎盂腎炎による腎不全で死亡した。残りの31頭は追跡期間中生存しており、尿路感染症は認められたが、重篤な術後合併症は発生しなかった。また、後肢機能は改善しなかったが、前肢不全麻痺を有する8頭ではいずれも術後2か月以内に神経学的機能が改善した。

結論
これらの結果から著者らは、硬膜切開術＋広範囲片側椎弓切除術は進行性脊髄軟化症の犬において救命治療の選択肢になりうることが明らかになったと報告している。しかしながら、PMMの病態生理自体は多くの点で不明であり、新しい治療法を開発するためにさらなる研究が必要であると述べている。

Highlights: 進行性脊髄軟化症の犬34頭に硬膜切開術＋広範囲片側椎弓切除術を実施
周術期生存率、術後生存率をフォローアップ調査
平均で12椎体分で手術を実施
周術期生存率は97%、術後82.5週の生存率は91%
重篤な合併症は認められなかった

平野隆爾先生

右京動物病院院長
京都動物医療センター代表

進行性脊髄軟化症の手術について

　進行性脊髄軟化症（PMM）は椎間板ヘルニア（IVDD）から続発する極めて致死的な疾患であり、多くの獣医師がその治療を諦めてきた疾患でもあったと思います。またIVDDで命を落とすという飼い主の驚きや困惑からも、獣医師にとっては発症前のインフォームドが重要であり、間違えれば訴訟リスクも抱えてしまう問題だと感じています。
　そのためにはIVDD患者への説明を丁寧に実施する必要があります。2017年のBalducciらの論文によれば、GⅠ、ⅡでのIVDDからの発症率は0%であるもののGⅢで0.6％、GⅣで2.7%、GⅤで14.5％と示されており、GⅢやⅣの症例でも続発しうる可能性を伝えておくべきです。またIVDD発症後１週間ほど経ってからPMM症状が出ることもあるため、IVDDは比較的早急な治療が必要とされるも、術後にPMMが起こりうることも術前に説明する必要があるでしょう。
　PMMの診断は上行性の神経症状の悪化およびMRIのT2強調高信号領域の範囲で診断していくこととなりますが、PMMがそれほど進行していない状況だと高信号範囲も狭く診断に苦慮する場合も少なくありません。そのような場合では時間（1〜2日）を空けて再度MRI検査を実施することで、進行の有無を調べるのも一つであると考えています。
　私の経験上、前肢に麻痺が生じ始めている症例でも、深部痛覚が残存している症例ではPMM術後の前肢回復が見られ、オーナー満足度も非常に高いことから、諦めずに手術を実施するのが良いと思います。
　広範囲に椎弓切除を実施することで、脊椎の不安定なども懸念されますが、現在治療を実施した80頭近くの犬ではそのような報告はありません。しかし侵襲性の高い術式であるため、最近では切開範囲を限定するなどして治療の改良を模索しています。
　PMMはまだまだ不明な点も多い疾患ではあるものの、今回の論文で救命率の高い治療を示せたことや、原因として脊髄内圧の持続的な上昇や炎症メディエーターが関与していることも分かってきております。今後もさらなる研究が進み、獣医師の中でも致死的な原因不明の疾患という概念が変わっていくことを期待しています。
　最後にPMM患者でお困りの先生がおられましたら、当院（右京動物病院本院）までご連絡いただけましたら、手術を早急に実施させていただきますので遠慮なくご連絡ください。

進行性脊髄軟化症のHPを見る

論文情報：https://bmcvetres.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12917-020-02690-z
（こちらはOpen Accessのため、元文献が上記リンクより閲覧可能です）
※正確な論文の解釈をするためにも原文を読むことをお勧めいたします。