2024年1月から2月にかけて開催しましたブラベクトCat Friendly Seminar2024のサマリーレポートをシリーズでお届けいたします!
第1弾は星克一郎先生による「本当にいるの?猫フィラリア症」についてです!
はじめに
犬糸状虫(フィラリア)によって引き起こされる犬糸状虫症(フィラリア症)は本来イヌ科動物に好発する疾患であり、猫では感染に対して抵抗力があります。国内の発生地域は、犬においてフィラリア症が確認されている地域は猫でも同様に発生していると考えてください。
猫での有病率は、犬における寄生率の5~20%であると成書には書かれていますが、これはあくまで成虫の寄生率です。実際は61~90%の猫が暴露されているということが分かっており、決して少ないわけではありません。
猫におけるフィラリア症の特徴
犬でのフィラリア症は心臓の疾患ですが、猫では呼吸器疾患となります。病態生理としては第1病期:未成熟虫が肺血管へと移行するとき、第2病期:成虫になったフィラリアが死滅したとき、慢性期:肺の不可逆的変化が生じ、慢性呼吸器疾患に至るとき、この3つの病態に大きく分けられます。犬との違いは成熟する前から発症すること(第1病期)です。
- 第1病期
-
第1病期の特徴は、未成熟虫が肺動脈に移行するときにそのほとんどが死滅しますが、これによって炎症反応が生じ、犬糸状虫随伴呼吸器疾患(HARD)が起こります。これは猫に特有の反応であり、臨床徴候は発咳・呼吸困難・嘔吐ですが、ある報告では3割程度の猫は無徴候であるとも言われています。
- 第2病期
-
第2病期では、成虫によって宿主免疫応答が抑制されている状態から成虫が死滅することで、免疫抑制機構が消失します。死滅した虫体が重度炎症・血栓塞栓症を引き起こすことによって、約2割の猫が突然死すると考えられています。
- 第3病期
診断
猫のフィラリア症の診断の難しさは大部分で臨床徴候が無徴候か一過性の徴候であるため、そもそも飼い主が異変に気付けないことにあります。フィラリア症特有の徴候はありませんが、間欠的な発咳・呼吸困難・頻呼吸・嘔吐が認められる場合はフィラリア症も鑑別疾患に入れてください。猫の場合、フィラリア症を診断するのは最難関であり、除外診断を行っていくことになります。有効な検査は胸部X線検査・心臓超音波検査・抗体検査・抗原検査であり、疑わしい限りこれらを繰り返し実施することが重要です。
胸部X線検査では気管支間質パターンが認められますが、猫喘息との鑑別は困難です。猫フィラリア症で特有の所見は右肺後葉の動脈拡張陰影です。図2では静脈と比較して動脈が2倍以上拡張しています。このような所見が認められる場合にはフィラリア症を疑ってください。ただし、感染猫の半数では異常は認められません。
心臓超音波検査では寄生する成虫を検出します。猫の場合、犬と比べて体が小さいため、寄生数が少数でも心臓内に虫体が存在し、発見しやすいと言われています。大動脈基部における短軸像を描出すると、右肺動脈内に寄生していることが多いです。(図3)
この検査は成虫がいる場合には有効ですが、第1病期では成虫が存在しないため無効です。
抗体検査は第4期幼虫以降のフィラリアに対して感染猫が産生する抗体を検出する検査です。偽陰性の可能性があること、猫用の検査キットはなく外注検査となること、の2点がデメリットと言えるでしょう。抗原検査は犬においてはゴールドスタンダードの検査ですが、雌の成虫から産生される抗原を検出する検査であるため、猫では成熟しづらい・雄の単性寄生では偽陰性となる可能性があります。ただし、犬猫の区別なく検査キットを使用することができるため、疑わしい場合には行ってください。
以上のことから、胸部X線検査あるいは抗体検査が陽性であった場合、確定診断ではないがフィラリア症である可能性はかなり高くなります。心臓超音波検査あるいは抗原検査が陽性であった場合は確定診断となります。ただし、これらの検査にて陰性であったとしても、感染を完全に否定することはできません。
治療
猫におけるフィラリア症の治療は、虫体の駆除ではなく臨床症状を緩和させることです。成虫駆除を行うと、死滅虫体により肺血栓塞栓症が生じるリスクと、駆虫により免疫抑制が消失することで第2病期を引き起こすことになります。
- 第1病期の治療
-
第1病期の治療ではステロイドを使用します。発咳・呼吸困難・嘔吐といった臨床徴候がある猫や、無徴候でもX線検査にて病的変化が認められた猫に対して治療を行いましょう。プレドニゾロン1~2mg/kg/dayを投与し、臨床症状を抑えられる量まで徐々に漸減します。急性呼吸困難のような急性期に対してはデキサメタゾン1~2mg/kg, i.v, i.m.を投与します。
- 成虫が寄生している場合
-
成虫が寄生している場合、臨床徴候がなければ経過観察を行いながら虫体が自然に死滅していくのを待つのが治療方針となります。その間行えることとして、成虫死滅時の急性肺障害予防を目的としたロイコトリエン受容体拮抗薬(モンテルカスト2mg/day)投与の報告があります。また、アメリカでは急性期の応急処置としてデキサメタゾン(10mg, s.c.)を飼い主に処方しています。もし成虫寄生により臨床徴候が認められ、駆除を検討したい場合には、ドキシサイクリン(5-10mg/kgを4週間継続、これを3‐4ヶ月毎に)を併用しつつ、イベルメクチンの通年投与(24μg/kg/月)を行ってください。ドキシサイクリンはフィラリア内に寄生する陰性細菌(リケッチャ目)であるWolbachiaを駆除します。これにより、犬では肺の血栓塞栓症を予防できると報告されており、猫でも最近は使われています。ただし猫での投与は犬に比べてリスクもあることを知っておいてください。
- 第2病期の治療
-
第2病期は重篤化しやすいため、酸素吸入・静脈内輸液・体温管理といった症状緩和のための支持療法が必要です。塞栓症・アナフィラキシーに対して主にステロイドを使用します。(デキサメタゾン1-2mg/kg, i.v, i.m.もしくはコハク酸プレドニゾロン50‐100mg/body, i.v.)塞栓症を発症していてもアスピリンやNSAIDsの使用は禁忌ですが、クロピドグレルを投与するという報告はあります。状態がある程度落ち着いていれば気管支拡張薬を投与しても良いでしょう。
- 慢性期に移行した場合
-
慢性期に移行した猫には、呼吸器症状を抑えられる最低量のプレドニゾロン・気管支拡張薬を投与します。
予防
これまでの話からも分かるように、フィラリア症に対する完全な治療法はありません。従って予防が何よりも重要となってきます。予防薬の投与により第4期幼虫のフィラリアを駆除できるため、第1病期の発生から抑えることができます。猫のフィラリア症に関しても通年投与が推奨されています。また、屋外に出る機会のある猫の方が感染するリスクは高いものの、完全室内飼育の猫でも感染報告はあるため、完全室内飼育でも予防をすすめてください。
実際の発生状況と考え方
ここ近年は以前と比べて犬でのフィラリア症も遭遇する機会は減少しましたが、今でもフィラリア症は存在しています。猫においてはそもそも病院に来院していない可能性もありますし、疾患を見逃していることもあるかもしれません。
アメリカでの報告ですが、飼育されている猫全体のうち、上から4段が感染猫を示しています。(図4)抗体陽性症例のうち見逃されている症例は(=抗体偽陰性)16%、抗体陽性の猫は(=感染成立)16%、HARD発症:10%、抗原陽性(=成虫寄生):1%であると言われています。
実際に過去に国内でも抗原検査・抗体検査を実施した報告がありますが、アメリカと同様のデータが報告されています。
まとめ
猫のフィラリア症に実際に遭遇したこと、診断したことがなくても猫フィラリア症は存在しています。61~90%の猫が暴露されていると言われており、潜在的にHARDを発症する危険性をもつ猫が意外と多く存在していると知っておいてください。感染すると致死的な症状をもたらすこともあり、確定診断は困難を極め、治療方法も確立されていません。感染させないようにしっかり予防しましょう。
さいごに
今回は猫フィラリア症ならではの特徴、診断と治療、そして実際の発生状況についてお話してくださいました。
意外と身近に存在している猫フィラリア症について詳しく知ることができたのではないかと思います。
是非、呼吸器症状で来院する猫の日々の診療にお役立てください。