- Q.日本国内における2018年と2023年のアンケートでは、粘液腫様僧帽弁疾患(以下MMVD)に対してピモベンダン単剤の使用症例は増加している一方で、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(以下ACEI)の使用症例数が減少していることに関して、先生はどうお考えですか。
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A.EPIC study発表後、欧米の循環器を専門とする獣医師ではACEIとピモベンダンの併用例がとても増えています(図1)。しかし日本国内では、使用意義は変わっていないにもかかわらず、ACEIの使用が減少しています(図2)。私は、最近ピモベンダンにやや頼りすぎているような印象を受けています。当院に来院される紹介症例を診ていても、「心雑音が聴取されるからピモベンダンの投与を開始する」と判断される先生が多いように思います。心筋症の猫でも初期から投与を開始されるなど適応外の使用をされている場合もあります。ピモベンダンの単剤投与が多い理由として、日本では小型犬が主流であり薬剤の種類をなるべく抑えたいと考えておられるのかもしれません。
- Q.先生が考えるACEIの投与を開始するタイミングをご教示いただけますか。
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A.当院はほとんどが紹介症例であるため、すでにACEIを投与されている犬が多いですが、臨床徴候はないが心拡大が認められるACVIMステージB2のような症例に対しては、血圧や胸部超音波検査を行って投与のタイミングを判断します。同時に超音波検査でうっ血の程度や心臓の収縮力を評価し、強心薬つまりピモベンダンの必要性の可否を判断しています。
ACEIは、血圧を下げることで逆流を抑えることができそうな症例に対して積極的に使用します。つまりACEIは、血圧を10~20mmHg程度低下させると考えていますから、犬の性格にもよりますが収縮期血圧が160~180mmHg程度の場合はACEIを投与します。
なお、180mmHgを超えている場合にもACEIの投与は良いでしょうが、200mmHg以上の症例など血圧をより大きく下げたい場合には、Caチャネル阻害剤を投与します。犬の場合は院内での血圧測定が可能と考えていますので、ぜひ診察時に血圧測定を行ってください。
ACEIの中でもアラセプリルは中間代謝物に末梢交感神経抑制作用があり、心拍数も下げてくれるため(図3)、いかに健康寿命を伸ばし長生きさせるかを考えた場合に、循環器を休めるという作用が期待できるので使いやすいと考えています。
- Q.アンケート結果を獣医師の年齢層別に解析したところ、20~30代の獣医師はACEIの使用が少ないことが分かりました。この点に関してはどうお考えですか?
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A.最近は、学会やセミナーでもACEIの話題が出ることが減るなどACEIに関する情報が少なくなっている印象があります。
また、ACEIは、劇的に何か症状が変わるといった即効性がある薬剤ではありませんが、ピモベンダンは、目に見えて効果を実感しやすい薬剤であるため、若い獣医師の方々はその効果を経験し、ピモベンダンをより優先して使用するようになるのではないかと感じています。ただし、心不全の病態を考えるとACEIの重要性が分かると思います。 - Q.若い獣医師の先生方にもACEIの有用性を理解してもらううえで、心不全の病態を整理したいのですが、ご教示いただけますか。
- Q.肺水腫(CHF)発症後の犬におけるACEIの役割について、先生のお考えをお聞かせください。
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A.うっ血性心不全が進行した状態で、RAASの代償機序を無視して治療を継続させることは、困難だと感じています。なぜならピモベンダンの血管拡張作用と強心作用、利尿薬の利尿作用だけでは、代償機序は抑制されていないため、ある程度のところでうっ血性心不全のコントロールが利かなくなってしまいます。
ですから、肺水腫(CHF)の病態に基づいた治療を行うには、代償機序を抑える治療が必要であり、それに加えて強心や利尿を適宜行う治療が必要と思います。また循環動態をある程度コントロールできても、RAASを抑制できないと心筋がダメージに耐えられなくなり、不整脈が抑えられなくなる可能性もあります。
日本では古くからACEIが浸透して使われていたので、そこまで不整脈発症例が多くない印象がありますが、今後は心房細動などの症例も増えてくるのではないかと少し危惧しています。
- Q.ACEIの投与用量についてどうお考えでしょうか。
- Q.先生が現在おこなっている研究もこのRAASに関連するテーマなのでしょうか。
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A.現在はキマーゼ活性について研究しています。RAASにはアンジオテンシン変換酵素とキマーゼによる経路が存在します。キマーゼとはRAASのバイパスシステムのようなものであり、アンジオテンシン変換酵素が働かない場合にキマーゼが活性化します。先天性の動脈管開存症症例に対して3種類のACEIを投与し、それぞれのキマーゼ活性に対する効果の違いを調べています。
- Q.今後のACEIに期待する点をお聞かせください。
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A.先述しましたが、日本は欧米と比較して昔からACEIを多く使用していましたが、EPIC study以降では若い獣医師の方々を中心に、ステージB2にACEIを使用しない先生が増えているようで、RAASを抑制する意識が薄くなっていることを少し心配しています。
日本は僧帽弁疾患が多く、内科療法・外科療法ともに他の国と比較してもかなり力を入れて取り組んでいます。その中で欧米の意見だけに踊らされてしまうのはもったいないため、先を見据えた治療を行うためにもRAASの病態を理解しACEIを有効的に使用していただきたいです。
以上、田中先生へのインタビューをお届けいたしました。ACEIが話題に上がることは以前と比べて少なくなったかもしれませんが、心疾患の犬に対するACEIの役割や使い方など、参考になれば幸いです。
提供
物産アニマルヘルス株式会社