第3回目のケースレポートはTRVA夜間救急動物医療センター副院長の塗木 貴臣先生にご執筆いただきました!記事の最後に処方トレンドをみるための質問があります。ぜひ、ご協力ください!
- 1.症例のプロフィール、来院時所見
-
症例のプロフィール 犬種 チワワ 年齢 14歳1か月 雌雄 避妊雌 既往歴 粘液腫様変性性僧帽弁疾患(MMVD)
ピモベンダン0.18mg/kg BID
テモカプリル塩酸塩0.57mg/kg SIDにて内服中主訴 20分前から呼吸が苦しい
バイタルデータ 体重 3.45㎏ 体温 37.1℃ 心拍数 116回/min(洞調律) 呼吸数 72回/min SpO2 91%(酸素マスク5L/min) 血圧 140/104(平均118)mmHg - 2.来院時検査所見
-
肺エコー
右中葉から後葉の背側を中心にB-lineを認める。(A, B)
A:肺エコーは酸素吸入を行いながら、つまり症例を安定化しながら実施できることが最大の利点である。肺エコーはアーチファクトの変化で肺の状況を推測するものである。認められる画像所見としては、A-lineではDry lung、本症例のようなB-lineであればWet lung、また無気肺や結節病変の場合はConsolidationを示す。画像の解釈で重要なことは画像所見はあくまで肺の状況を示しているにすぎず、出現している部位や分布も重要となる。たとえば本症例のような心原性肺水腫であれば後葉の背側領域にB-lineが認められることが多い。
B:胸膜ラインから垂直に伸びる高エコーの線をB-lineと呼ぶ。これは間質への水分貯留を示唆する所見である。重症化すると複数のB-lineが重なり、より幅が広い白い線になる。
FAST
胸腔内、腹腔内に貯留液は認めない。
心エコー(立位)
僧帽弁の逸脱、僧帽弁逆流(4.27m/s)、左房拡大あり(LA/AO2.52)、E波1.44m/s、A波0.42m/s、三尖弁逆流(3.29m/s)、FS 59.4%(C, D)
C:右側の長軸断面、短軸断面にて、左房拡大を伴う僧帽弁の逸脱と逆流を認めた。右側では主に形態変化と逆流部位の確認を主に行っている。
D:左側4腔断面像では主に血流速度を測定している。
レントゲン検査 (DVのみ実施)
右肺野にて肺胞間質パターン(E)
E:当院では緊急性が高い呼吸器疾患の症例でのレントゲン撮影はDV像のみとしている。本症例のような場合、肺エコーや立位での心エコーでの情報も踏まえ、肺水腫の有無を確認するのに十分であれば、多少曲がってしまっていても、画像の質に関してはある程度許容しているのが現状である。
CBC
CBCでは軽度の白血球上昇が認められ、生化学検査にて軽度のCRP上昇を認めた。また顕著な臓器障害は認めなかった。
血液生化学検査
血液ガス(静脈採血)検査
混合性アシドーシス(呼吸性アシドーシス+代謝性アシドーシス)が認められた。
- 3.ここまでのまとめと評価
-
原因:MMVD(stage C)による心原性肺水腫
循環:うっ血性心不全であり、やや徐脈傾向を認めるものの、血圧はまだ保たれていると判断した
呼吸:換気不全を伴う重篤な呼吸不全であると判断した - 4.初期治療、ICU管理開始
-
静脈留置を設置後、フロセミド2mg/kgとピモベンダン0.15mg/kgを静脈内投与し、ICU(酸素濃度40%)にて管理を開始した。またその間にオーナーへ検査結果や治療方針(人工呼吸管理を含む)の説明、ならびに治療コストについてのインフォームを行なった。飼い主の意向を確認し、基本的にはICUでの治療を行うが、気道液の喀出、意識レベルの低下、治療抵抗性を示す場合には人工呼吸管理を行うことに対し同意を得た。またコストの面からかかりつけ医の受け入れの確認が取れた段階で当院より転院することとした。
上記2剤投与後もBP139/100(114)mmHgと維持されていたことから、カルペリチド0.05ug/kg/minCRIを開始した。モニタリングは呼吸数を中心に行う。呼吸数のカウントは動物に侵襲を与えずに実施可能であり、また治療効果の指標となる。筆者は40回/分以下、またはICU内で寝られることを目標の一つとしている。またその他には心拍数、血圧、尿量や体重などを症例の状態に併せて適宜検査している。さらに意識レベル低下や気道液の喀出など、危険なサインは見逃さないよう注意すべきである。 - 5.経過
-
初期治療から2時間後からフロセミドの持続点滴(0.3mg/kg/h)を開始した。その後徐々に意識レベルも改善し、治療開始から5時間後にはICU内にて眠れるようになっていた。
7時間後の検査(F)
・BW3.25kgへ減少(約5%減少)
・HR150/min、BP140/87(106)mmHg、
・心エコーにてE波 1.19m/sec A波 0.67m/sec
・電解質、BUN、Cre 正常値
また、レントゲンにて右肺野の透過性は改善傾向を認めている(F)ことから、経過は良好であると判断し、同治療を継続した。
治療開始10時間後にはICU内にて咳嗽は認められなくなり、更に安静時呼吸数も24回/分と安定していた。そのためピモベンダンを以前より増やしての経口投与(0.36mg/kg)を実施した。治療開始から12時間後にかかりつけ医の受け入れ確認が取れたこと、ならびに経過が概ね良好であることから、継続治療が必要なことを説明した上で当院からの転院となった。(退院前の動脈血での血液ガスにて、PaCO2 37mmHg PaO2 56mmHgを示した。換気能は改善しているが依然として低酸素血症は認めていたことから、酸素吸入下での移動となった)
MMVDにおける肺水腫に対してピモベンダンが有効であることは、多くは慢性期での報告ではあるが様々な報告がなされており、先述の通り、ACVIM consensus guidelineの急性期治療の中においてもClass Ⅰに属している。そのため急性期治療の要である酸素供給(ClassⅠ)、フロセミド(ClassⅠ)とともに、初期治療の際に投与したい薬剤であった。しかし以前は上記のような咳嗽を呈している症例や気道液を喀出しているような重症呼吸不全症例に対して、強制的に経口投与をすることは明らかなリスクであったため、実際に初期治療での投与を回避した症例も多かった。
また心疾患や呼吸器疾患に限らず、重症患者では消化管機能低下を起こしていることが多い。そのため経口投与できたとしても、どれくらい吸収され、どのような薬物動態を辿るのかが不明であった。確実に薬理効果を発揮してほしい急性期では、経口薬より注射薬が優先されている。その点で本注射剤は経口薬と同等の効果が確認されていること(0.15mg/kg IVが0.25mg/kg POに相当)、静脈内投与であるため過剰なストレスをかけることなく確実に薬理効果を得られることは、MMVDの心原性肺水腫に対する急性期治療において非常に有益であると筆者は考えている。
また掘らの報告では正常犬に対してピモベンダンの注射薬を0.15mg/kgで静脈内投与したところ、心拍数を増加させることなく、超音波検査にて心機能改善が認められた。さらにその効果は投与5分後から認められ、少なくとも60分間は持続していたと報告している。※1つまり、経口薬とは異なり即効性があるのも注射薬の特徴であると言える。これらより犬のMMVDにおける心原性肺水腫に対するピモベンダンの静脈内投与は有効であり、急性期治療において酸素、フロセミドとともに併用する新しい治療選択肢となると筆者は考えている。個人的には投与量や投与方法、副作用、猫での適応など、今後の研究や臨床例での更なる報告を楽しみにしている薬剤である。本稿が先生方の日々の臨床に役立てば幸いである。
アンケートに答えて他の先生方の診療トレンドをcheck! 引用文献
1. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6361644/
こちらの記事はベーリンガーインゲルハイム アニマルヘルスジャパン株式会社の協賛で提供しております。