2020年10月28日(水)にベーリンガーインゲルハイム アニマルヘルスジャパン株式会社主催のオンラインディスカッションセミナーが開催されました。今回、このセミナーにVETS TECHも運営配信・参加してきましたので、その概要をお伝えしたいと思います。
記事の最後に講演動画が埋め込まれております。宜しければご視聴ください!
今回のテーマ「MMVD急性期の次の一手を考える」
今回のテーマは臨床現場でよく遭遇する僧帽弁粘液腫様変性疾患(MMVD)の犬の急性期に対してどのように治療をしていくか、ということについて3名の講師、3つの演題で2時間のディスカッションが行われました。
講師
- 1.髙野先生:新たに増えた選択肢、ベトメディン注射液をどう使うか?
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最初のパートでは髙野裕史先生より、新たに増えた選択肢であるベトメディン注射液の使い方についてご講演いただきました。その中で、まずはMMVD急性期で多く認められる肺うっ血の治療について基本方針をお話しいただきました。
- 利尿薬の使い方
- 血管拡張薬の使い方
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うっ血には水分再分配型と水分貯留型があり、前者は血管収縮による後負荷が増加しており、後者は水分貯留による前負荷が増加している状態である、ということでした。実際の症例では混在しているようですが、前者に対して血管拡張薬、後者に対して利尿薬を用いるのが基本方針となります。また、血管を拡張させることで、血管抵抗の下がった大動脈方向へ血液がスムーズに流れ、僧帽弁逆流により左房に戻る血液量を減らし、左房圧を下げることを目指します。
- 強心薬の使い方
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強心薬は主に血圧低下、末梢循環不全に対して用います。中でもピモベンダンはホスホジエステラーゼⅢ(PDEⅢ)阻害薬とCa感受性増強薬としての両方の作用があります。MMVDの慢性期においては、ピモベンダンは肺水腫を起こした犬でQUEST STUDYによって生存期間が延長されていることが証明されているだけでなく、明らかな左心拡大のある犬で肺水腫を起こすまでの期間や、余命を延ばすこともEPICS TUDYで証明されています。
- 急性期におけるピモベンダンの位置づけは?
- Discussion1:ベトメディン注射液の使用に関する不安とは?
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そんなベトメディン注射液ですが、実際に臨床の先生方が不安を抱えている点を掘り下げていく、というのが一つ目のディスカッションポイントでした。結果は下グラフのとおり(N=626)。
結果は意外にも?半数近くの方が特に不安はない、と回答されていました。一方で経口と注射の使い分けに関する不安が最も多く、次いで低血圧、最後に不整脈という順でした。- 経口と注射の使い分けについて
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髙野先生 経口投与ができるのであれば経口薬を、呼吸状態に不安があるのであれば留置をとって静脈薬を投与します。挿管管理している場合も同様に静脈薬を投与します。川瀬先生 肺水腫でとにかく早く左房圧を下げたいという場面であれば静脈薬を使用します。中村先生 急性期ということであれば、注射薬一択になると思います。ただ、その後回復して退院になれば、当然経口薬に切り替えます。 - 低血圧について
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血圧をどこまで正確に計測できているか、という問題はありますが、MMVDの急性期で血圧がそもそも下がっていることはあまりありません。また、注射液を使用して血圧が下がったり、低血圧を経験したことはありません。使用感でいうと、低血圧は1例も経験していません。実験的にカテーテルを入れながら、正常犬ですが、血行動態を評価したことがありますが、血圧については特に変動しませんでした。DCMなら注意が必要かもしれませんが、MMVDではそこまで気にする必要はないと思います。肺水腫で挿管管理しているときに、注射液を使用して血圧をモニターしていますが、面白いくらいに血圧も心拍数も変動しませんでした。
- 不整脈について
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投与時点で不整脈が既にあったかどうかの評価が前提として重要だと思いますが、注射液の使用で不整脈が出たり、増悪したことはありません。心電図は必ずつけて計測していますが、不整脈の経験はありません。強心薬の中には不整脈を誘発するものがありますが、ピモベンダンについてはないですね。
- 2.川瀬先生:フロセミドの切れが悪い時に考えるべきポイント
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川瀬先生のパートでは、フロセミドの切れが悪い時に考えるべきポイント、として実症例をベースにディスカッションを行いました。
- Discussion2:フロセミド2mg/kg IV, ベトメディン0.15mg/kg IV 投与。排尿はしたが2時間経過しても呼吸が苦しい。次なる治療は?
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当日ライブ視聴されていた先生方の回答は下グラフのとおり(N=597)。
約7割の先生がフロセミドの追加投与という結果でした。ディスカッションでは各薬剤を利尿薬、血管拡張薬、強心薬に分けてお話をされていました。- 利尿薬について
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フロセミドを追加投与するときは1mg/kg/hで持続定量点滴(CRI)を行うことが多いです。私の場合はフロセミド2mg/kgを最初に静脈投与したら同時にCRIを開始することが多いです。その後の反応をみてCRIの量を増減します。スタート用量は0.5mg/kg/hです。私も中村先生同様フロセミドを投与して、CRIを開始することが多いです。ちなみにCRIのスタートの用量は0.5mg/kg/hです。
- 強心薬か、血管拡張薬か
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多くの方がフロセミドを追加で投与するということですが、そのあとは血管拡張薬、強心薬どのように使い分けていますか?血圧が低くなければ血管拡張薬としてニトロプルシドを使用することもありますが、それよりも前に強心薬としてドブタミンを使用することが多いです。ハンプは研究論文もほとんどないですし、私は使ったことがないです。ハンプはフロセミドの効果を増強するともいわれているので、フロセミドにあわせて使用して、尿量が増えるかどうかをみることもあります。ただ、私としては血管拡張薬の位置付けで考えているので、血圧が低くないことが前提となります。ちなみにハンプはフロセミドと併用することが多いと思いますが、フロセミドと同じルートで投与すると懸濁することがあるので、単独ルートで投与するようにしています。
ちなみに強心薬としてドブタミン、ということですが用量の増減の目安はありますか?呼吸状態ですね。目標血圧を設定して、というよりは肺うっ血の改善、呼吸の安定化が目的なので、それを評価基準としています。挿管管理している場合には、尿量を目安にしています。尿量が増えれば、肺うっ血も改善してくるのでそれを目安にしています。あと、ドブタミンの場合は誤ってフラッシュしてしまわないように別ルートにするようにしています。
- 3.中村先生:肺高血圧症を議論、いつから?なにから?どうするか?
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最後のパートでは肺高血圧症について、中村先生に講演いただきました。中村先生からは肺高血圧症の治療の主軸となるシルデナフィル、どのような時に使用するかを視聴者の方々に質問されていました。
投票結果は下グラフのとおり(N=545)。
- シルデナフィルは左心不全の治療薬ではない!
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シルデナフィルの考え方として、左心不全の治療薬ではなく、それどころか左心不全を悪化させる可能性がある、という点を強調されていました。今年出た肺高血圧症のACVIMガイドラインでは、MMVDの犬における肺高血圧症を使用するべき状況は心原性腹水、もしくは失神があるときが適応となると記載されており、また、左心不全のコントロールができている状況で使うこと、とも記載があることを説明されていました。そのため、先ほどの質問では肺水腫や咳、呼吸困難は対象外である、ということになります。
左心不全の治療薬ではないばかりか悪化させる理由としては、そもそもMMVDに伴う肺高血圧症は左心疾患による左心系の容量負荷を起点として、それが肺動脈にまで影響して肺高血圧になっており、病態としてその他の肺動脈性、肺疾患、慢性肺塞栓などとは機序が異なります。そして、シルデナフィルの作用は肺動脈の拡張であり、左心系に作用する薬ではなく、肺動脈が拡張することで左心の容量負荷が増え、肺水腫となる、或いは悪化させるリスクがあるということになる、とのことです。
- Discussion3:実際、重度MRで、肺高血圧症で失神していると思われる症例にどのように治療しますか?
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以上のことを前提にしつつ、実際に重度MRにおいて左心疾患に伴う肺高血圧症で失神していると思われる場合に、どのように治療しているかをディスカッションされました。肺水腫になるリスクもあるため、入院下でシルデナフィルを低用量(0.5mg/kg bid)から開始します。その後何もなければ(肺水腫リスクがあるため、呼吸状態を主に評価)、翌日退院としています。これまでの経験では肺水腫になってしまうほどの症例に遭遇していなかったので、むしろ左心系が拡大したらシルデナフィルが効いているな、と捉えていましたが、実際に肺水腫になってしまった症例の話などを聞いて、最近は入院下で投与開始することも増えました。ちなみに私の場合は効果もしっかり出てほしいので開始用量は1.0mg/kgです。私は0.5mg/kgを開始用量としています。ただ、効果に切れ目がでないようにTIDで使用しています。その後、効果を見ながら増量していきます。他の治療薬としてベラプロストナトリウムもあります。昔は使っていましたが効果をあまり実感できないため、今はほとんど使っていませんね。ちなみに肺水腫リスクを考えて、利尿剤を最初から併用する、ということは考えますか?100%肺水腫になることが予想できていれば入れることはあるかもしれませんが、実際にはかなり難しいですね。右心不全の時って腎数値上がっていること多いですしね。一方で右心不全の場合はフロセミドを使うと腎数値下がることもありますからね。浮腫が解消することによるものだと思いますが、とはいえ腎数値が高い場合にフロセミドをいきなり使用するかどうかは判断が難しいかな、と思います。
最後に
今回のセミナーでは急性期の治療としてのベトメディンやその他の治療薬(利尿薬、血管拡張薬、強心薬)の使い方、選択基準、用量調整などを中心にディスカッションをしていただきました。それぞれの先生で共通している部分、異なる部分があり非常に興味深
かったです。講演型のセミナーとは異なるディスカッション形式で視聴者の質問、意見を踏まえながら進行する開催方法も、オンライン化が進む中、今後増えていくように感じました。セミナー本編が見たい方は以下の動画から視聴できます!