記事の最後に本論文の著者である末松正弘先生から頂いたコメントと術前術後の写真を掲載しております!ぜひ、ご覧ください!
気管虚脱の犬に対する連続的構造の気管外プロテーゼ(CETP)の手術成功率、術後合併症、術後予後について日本のMasahiro Suematsu氏らは、57頭の気管虚脱の犬を用いてレトロスペクティブに調査を実施した。その結果、CETP実施後の生存退院率は98%、術後合併症発生率は7%、3年後の生存率は86%と非常に良好に経過することが明らかとなった。結果はVeterinary Surgery 2019年 7月号に掲載された。
研究の背景
気管虚脱は犬に好発する疾患であり、気管筋の拡張及び気管軟骨の脆弱化により気管の背腹部が平坦化する疾患である。臨床症状として乾いた激しい咳や呼吸困難を呈し、閉塞が重度な場合には死亡することもある。内科的な治療法としてはステロイドや抗生剤、減量、環境的な要因(高温やアレルゲンなどの刺激物)を避けることがあげられている。外科的な治療法としては気管内にステントを入れる方法があるが、ステントの設置による気管内の肉芽腫の形成、ステントが折れたり、移動してしまうこと、気管炎などが術後合併症として起きることがある。また、気管外にリングやプロテーゼを設置する方法もあるが、喉頭麻痺が11~21%の症例で認められることや、手術中の死亡率が4~19%であることが問題であり、新たな治療法が必要とされている。著者らは過去にポリマー光ファイバー製の連続的構造の気管外プロテーゼ(CETP)を開発しているが、CETPの利点としては手術中の調整のしやすさ、反回神経や血管の損傷の可能性が低いこと、プロテーゼの柔軟性があるとされている。そこで著者らは気管虚脱の犬に対してCETPを実施し、手術成功率、術後合併症、術後生存予後を調査、評価することを計画した。
本研究には、2010年から2017年までにCETPを実施した気管虚脱の犬をレトロスペクティブに組み入れした。なお、組み入れ対象とした犬は吸気時呼気時ともに頚部気管から胸郭前口部までの任意の点で気管内腔が完全に虚脱している犬とした。また、手術対象として適切な内科的管理に反応しなかった犬ないし臨床症状が悪化している犬とした。
データ収集
組み入れられた犬の犬種、年齢、体重、性別、周術期および術後合併症、術後の臨床症状、術後の投薬管理、生存期間などに関するデータを収集した。
周術期の麻酔、疼痛管理
- 術前管理
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・手術30分前にプレドニゾロン1mg/kg SC, ピペラシリン30mg/kg IVを投与
・ミダゾラム0.1mg/kg IVを術前鎮静として投与
・プロポフォール5mg/kg IVを導入麻酔として投与 - 術中管理
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・イソフルランを維持麻酔として使用
・フェンタニル0.01mg/kg CRIを術中鎮痛薬として使用
・リドカイン0.5% 2mg/kgを胸骨舌骨筋と胸骨頭筋に注射 - 術後管理
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・フェンタニル0.003mg/kg CRIを術後2日間投与
・プレドニゾロン0.5mg/kg SC SIDとピペラシリン30mg/kg IV BIDを術後5日間投与
・プレドニゾロン0.3㎎/kg PO SIDを退院後7日間投与
術式
術式については原文参照
CETPの3Dイラストは下図のとおり。
短期予後評価(4週間未満)
術後1週間で頚胸部のX線検査を実施した。また、術後2~4週間でフォローアップのための診察(身体検査、臨床症状、喉頭機能の間接的評価など)を実施した。
長期予後評価
2017年11月から12月の間に長期予後調査を実施した。来院可能な犬については短期予後評価と同じように診察を実施した。また、術後合併症(喉頭麻痺や気管壊死)の有無、気管虚脱に関連した臨床症状、術後の投薬管理、生存期間、死亡していた場合にはその原因について調査を行った。
組織学的評価
CETPを実施した犬のうち、2頭について死後剖検を実施した。
本研究には54頭のCETPを実施した気管虚脱の犬が組み入れられた。特に多かった犬種はヨークシャーテリア(14頭)、トイプードル(9頭)、ポメラニアン(9頭)、チワワ(8頭)で平均年齢は7歳、平均体重は4.4kgであった。全頭で何かしらの臨床症状が認められており、乾いた激しい咳(83%)、努力呼吸(41%)、ガチョウ様呼吸(48%)であった。気管虚脱の部位は下グラフのとおり。
プロテーゼのサイズ
設置したプロテーゼのサイズ、気管径は下表のとおり。
CETPの術後合併症
項目/プロテーゼサイズ 10mm 12mm 15mm
頭数 14頭 28頭 12頭
体重(中央値) 3.3kg 3.7kg 7.2kg
胸郭前口部直径 31.3mm 31,2mm 48.3mm
手術所要時間は120分~150分であり、手術中に死亡した症例はいなかった。手術後のX線検査で全症例で喉頭と第二肋骨の間で気管が拡張していることが確認できた。54頭中53頭(98%)で術後5~7日で退院できた。退院できなかった1頭は術後16日目に急性膵炎および急性腎不全となり、播種性血管内凝固症候群に陥り、死亡した。別の1頭では術後12日から重度の呼吸喘鳴が認められた。この症例は術前に喉頭麻痺が確認されており、術後15日目に左側披裂軟骨側方化術を実施した。なお、この症例はデータ収集の術後72か月の時点で生存していた。また、気管虚脱が再発した犬は2頭(後述)であった。
術後短期予後
ガチョウ様呼吸は26頭中25頭(96%)で症状が消失した。また、乾いた激しい咳は45頭中39頭(87%)で症状が消失した。
長期予後
1年後、2年後、3年後生存率は下グラフのとおり。
病理検査結果
死後剖検を実施した2頭で気管虚脱の認められた粘膜上皮、粘膜下組織、または軟骨組織で異常は認められなかった。また、CETPに関連した慢性炎症所見は認められず、気管の組織学的な構造は保持されていた。
結論
これらの結果から著者らは、気管虚脱の犬に対するCETPはこれまでに報告されている気管外のリング、プロテーゼ設置術と比べて術後合併症が少なく、生存予後が非常に良好であることが明らかになったと報告している。また、臨床症状の改善率も高いため、CETP設置術は気管虚脱にとって有益な治療法になるであろうと述べている。
- Highlights
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CETPを実施した気管虚脱の犬54頭をレトロスペクティブに調査
CETPの術後合併症、短期予後、長期予後を評価
生存退院率は98%、術後合併症発生率は7%
1年後生存率は96%、3年後生存率は86%
ガチョウ様呼吸は96%で消失、乾いた激しい咳は87%で消失
AMC末松どうぶつ病院 副院長
鹿児島大学 獣医外科学分野
気管虚脱は一般的に見られる代表的な呼吸器疾患ですが、治療法が確立されているとは言い難いのが現状です。海外ではステントが多く実施されており、アジア各国では外科が実施されておりません。
今回の手術のポイントとしてはやはり正確なプロテーゼ(CETP)を作成すること、気管に分節する血管(血流)の温存、反回神経の保護、極力気管内に縫合糸が貫通しないことが挙げられます。
気管壊死は死に繋がる合併症ですが、0%で発生は見られませんでした。反回神経を保存することでこれまで17%と報告されていた術後合併症は2%まで低下させることができました(当院で実施した全症例中では約1%で直近の4年間では発生がありません)。長期設置した症例において病理組織学的にみて異常な肉芽形成がないことも重要なポイントになると考えられます。
また、論文中に記載はありませんが、重症度(Grade)に関係なく非常に良好な療治療成績を得ることができております。
今後、アジアや欧米においても本術式が実施されることにより、多くの気管虚脱に苦しむ症例が救われることを心から願っております。
術前術後の症例の写真
論文情報:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/vsu.13229
※正確な論文の解釈をするためにも原文を読むことをお勧めいたします。