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記事の最後に本論文の責任著者である北海道大学獣医内科学教室の准教授である中村健介先生からいただいた解説コメントがございます。ぜひご覧ください。
肺高血圧症の犬におけるピモベンダンの静脈内投与の効果について、日本のT. Morita, K. Nakamura氏らは、5頭の実験的に肺高血圧症を作出したビーグル犬を用いて研究を実施した。その結果、ピモベンダン0.15mg/kgの静脈内投与は、左室及び右室機能の改善ならびに心拍出量を増加させることが明らかになった。結果はJournal of Veterinary Cardiology 2020年12月号に掲載された。
研究の背景
肺高血圧症(PH)は進行性の疾患であり、肺動脈圧と肺血管抵抗の上昇を特徴とし、右室の圧負荷や機能障害をもたらし、死に至る危険性もある。肺高血圧症の中でも前毛細血管性PHは犬において先天性短絡性心疾患、呼吸器疾患、肺血栓塞栓症、犬糸状虫症、などが原因とされる。ピモベンダンはホスホジエステラーゼ(PDE)3阻害作用とCa感受性増強作用により陽性変力作用と血管拡張をもたらす循環器薬であり、ヒトのPH患者において右室機能を改善し、肺動脈圧が低下することが報告されている。一方で、前毛細血管性PHの犬におけるピモベンダンの有効性についてはよくわかっていない。そこで著者らは、慢性の前毛細血管性PHのモデル犬を用いて、ピモベンダンの静脈内投与の血行動態に対する効果を調査することを計画した。
本研究には、5頭の健常な実験用ビーグル犬が用いられた。これらの犬に対し、頸静脈からミクロスフィア(球状塞栓物質)を肺動脈に慢性的に投与し、慢性塞栓性PHを作出した。ミクロスフィアの投与は収縮期肺動脈圧が50mmHgに達するまで継続した。
プロトコール
慢性の前毛細血管性PHのモデルが確立された時点(ミクロスフィア投与2-5か月後)で生理食塩水を投与し血行動態と心エコー検査を測定した値を対照として扱い、その後ピモベンダン0.15mg/kgを静脈内投与し15分後に同様の検査にて得た値と比較した。
評価①(血行動態)
右頸静脈からカテーテルを肺動脈まで挿入し、収縮期、平均および拡張期肺動脈圧、平均右心室圧、全身血管抵抗、肺血管抵抗などを測定した。
評価②(心エコー検査)
心エコー検査にて、各種左室心エコー指標、右室心エコー指標を測定した。
5頭の犬で最初のミクロスフィア注射開始から2~5か月後に慢性塞栓性前毛細血管性PHが作出された。これらの犬は平均肺動脈圧、肺血管抵抗、右室圧、全身血管抵抗がいずれも有意に上昇し、心拍出量は有意に低下した。また、心エコー検査では左室拡張末期径は低下、右室拡張末期径は増加し、全例で心室中隔の扁平化が認められた。
血行動態
肺動脈圧、血管抵抗、心拍出量は下グラフのとおり。
心拍出量はピモベンダン群で有意に高かったが、肺動脈圧、血管抵抗はいずれも有意差は認められなかった。
心エコー検査
ピモベンダン投与により左室内径短縮率が有意に増加し、右室Teiインデックスと左室Teiインデックスが有意に低下した。一方で左室と右室の形態学的な変化(左室及び右室拡張末期径、右室断面積など)は変化しなかった。
結論
これらの結果から著者らは、全毛細血管性PHを有する犬において、ピモベンダンの静脈内投与は肺動脈圧は低下させないものの増加もさせず、一回心拍出量を増加させることが明らかになったと報告している。これらのことから、ピモベンダンの静脈内投与は前毛細血管性PHの犬に対する治療選択肢になりうるだろうと述べている。
後毛細血管性肺高血圧症の代表格である左心疾患に起因する肺高血圧症に対してピモベンダンを使用する事には議論の余地はないと思われるが、本研究では前毛細血管性肺高血圧症に対する有用性を検証することを目的とした。
前毛細血管性肺高血圧症に対してピモベンダンを使用する上での懸念事項としては、ピモベンダンが心拍出量を増大させることで肺血流量が増大し、これが肺動脈圧のさらなる上昇をもたらす危険性がある、という点があげられると思われる。しかしながら本研究では、ピモベンダンを投与することにより心拍出量が増大するにもかかわらず、肺動脈圧の上昇が認められなかった。これはピモベンダン投与により心収縮力が増大するのに併せて肺血管拡張作用も同時に働いた結果、肺動脈圧の上昇が相殺されたものと考えられる。
心拍出量の増大は肺高血圧症に起因する症状の代表格である失神や腹水の改善につながることも期待できる。これが肺動脈圧の上昇を伴わずに達成できるのであれば、臨床的な有用性は非常に高い。ただし、本研究で作成されたのは平均肺動脈圧が50 mmHgに満たない、それほど重度とは言えないモデルである。したがって、仮に、より重度で肺血管がPDE3阻害作用によっても拡張する余地が残っていないような症例においては、肺動脈血流量の上昇を相殺することができず、肺動脈圧の上昇が引き起こされる、という事態も起こり得るかもしれない。また逆に、心筋の変性が生じている症例では強心作用が発揮されずに血管拡張作用のみが発現してしまうことで、全身性の低血圧を生じてしまう、という危険性もあるかもしれない。
このように、様々な病態を取り得る肺高血圧症の臨床例に自信を持って使用するためには解決すべき課題は多いが、1つの懸念を払拭することにつながるデータを世の中に発信できたのであれば大きな喜びであり、日本の皆様にこのようにお披露目できる機会をいただけたことに感謝したい。
- Highlights
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健常なビーグル犬5頭を用いて前毛細血管性PHを作出
前毛細血管性PHの犬にピモベンダン(0.15mg/kg)を静脈内投与したときの血行動態および心エコー検査の変化を評価
血行動態では一回心拍出量が有意に増加したが、肺動脈圧や血管抵抗は有意差が認められなかった
心エコー検査では左室および右室機能指標の改善は認められたが、形態的な変化は認められなかった
論文情報:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1760273420300801
※正確な論文の解釈をするためにも原文を読むことをお勧めいたします。