記事の最後に中島亘先生から本論文へのコメントがございます。よろしければそちらもご覧ください。
膵炎の犬におけるCRPの予後予測能について、Sydney M. Oberholtzer氏らは503頭の家庭犬を用いて調査を実施した。その結果、PLIが600μg/Lを超えた犬においてCRPが10 mg/Lを超えていた場合、10 mg/Lを下回っていた犬と比較して死亡率が5.4倍高く、入院治療を必要とする確率も5.7倍高いことが明らかとなった。結果はJournal of the American Veterinary Medical Association 2024年3月号に掲載された。
研究の背景
膵炎は犬で一般的に遭遇する疾患であり、臨床徴候、重症度、予後は様々である。血清中アミラーゼおよびリパーゼ濃度の測定は膵炎における短期予後との相関が低いが、膵特異的リパーゼ活性の顕著な上昇は重症化リスクと予後の悪化に関連していることが明らかとなっている。
CRPは炎症性サイトカインに反応し、肝臓で産生される急性相タンパクであり、血清中CRP濃度の上昇は膵炎の犬において日常的に認められている。そこで著者らは、膵炎の犬におけるCRPの濃度と予後の関係性を大規模に調査することを計画した。
本研究には、Texas A&M Gastrointestinal Laboratoryのデータベースを検索し、血清中の膵リパーゼ免疫活性(PLI)が600 μg/Lを超えた犬が組み入れられた。血清検体が検査施設に届いてから14〜15日後、診療施設へ以下の2つの質問を行った。
1.本症例は入院治療を必要としたか、それとも外来のみで治療したか?
2.本症例は生存しているか否か?
PLI測定
市販のELISA(Spec cPL; Texas A&M Gastrointestinal Laboratory)を用いて測定した。この測定方法における上限は2,000μg/Lであり、上限を超えた結果は2,001μg/Lと記載し統計処理した。余剰血清は-20℃で保存された。
CRP測定
診療施設からの質問の返信を受け取った1〜2週間以内に、Beckman AU480化学分析装置を用いて解凍血清中のCRP濃度を測定した。参考基準範囲である0〜10 mg/Lの結果は全て10 mg/L未満と報告されるため、本研究では統計処理上9.9 mg/Lと記載した。
CRPの単位にご注意を
評価
年齢、犬種、性別などの症例情報およびシグナルメントを収集し、症例が受診した施設を一次診療、専門診療、二次診療、救急施設のいずれかに分類した。各症例に提供された治療レベル(入院か外来か)、生存しているか否かを集計し、PLIおよびCRPの相関を評価した。
965件の調査票を送付し、回答を得た503頭の犬を本研究に組み入れた。そのうち、年齢が明らかであったのは479頭で、0.5〜19歳(中央値11歳)であった。
入院治療は136頭(27%)に行われ、367頭(73%)は外来治療であった。49頭(9.7%)が調査返答前に死亡あるいは安楽死されていた。外来治療を受けた犬の死亡率は5.2%であり、入院治療を受けた犬の22.1%は死亡または安楽死されていた。
外来頭数 | 入院頭数 | 合計頭数 | |
---|---|---|---|
生存 | 348 | 106 | 454 (90.3%) |
死亡(安楽死) | 19 | 30 | 49 (9.7%) |
合計 | 367 (73%) | 136 (27%) | 503 |
血清中PLI濃度
503頭の犬のPLI中央値は984μg/L(603〜2,001μg/L)であった。入院群のPLI(中央値1,175μg/L、601〜2,001μg/L)は、外来治療群のPLIと比較して有意に高かった(中央値952μg/L、603〜2,001μg/L、P = 0.0014)。
死亡群のPLI(中央値1,180μg/L、603〜2,001μg/L)は、生存群と比べて有意差はなかった(中央値983.5μg/L、601〜2,001μg/L、P= 0.286)。
血清中CRP濃度
CRP中央値は9.9 mg/L(9.9〜395.3 mg/L)であり、503頭中300頭(59.6%)の犬でCRPは基準範囲内であった。PLIとCRPの測定値には弱い正の相関が認められた(r = 0.136、95%信頼区間:0.047〜0.224、P= 0.0022)。
入院群のCRP(中央値36.1 mg/L、9.9〜395.3 mg/L)は、外来治療群のCRPと比較して有意に高かった(中央値9.9 mg/L、9.9〜269 mg/L、P < 0.0001)。 300頭中41頭(13.7%)の犬ではCRPが10 mg/L未満で入院治療を必要としたのに対し、CRPが100 mg/Lを超えた41頭中32頭(78%)が入院していた。
死亡群のCRP(中央値37.2 mg/L、9.9〜231.9 mg/L)は、生存群と比較して有意に高かった(中央値9.9 mg/L、9.9〜395.3 mg/L、P = 0.0001)。
CRPが10 mg/L未満の犬の大部分が生存した(288/300頭、96%)。
CRPが10 mg/L未満の犬と比較すると、CRPが10 mg/Lを超えた犬は入院治療を必要とする可能性は5.7倍(95%信頼区間:3.7〜8.7倍、P値 < 0.0001)であり 、死亡する可能性も5.4倍高かった(95%信頼区間:2.7〜10.2、P値 < 0.0001)。CRP10mg/L未満の犬と比較して、CRPが30mg/Lを越えた犬が死亡するオッズ比は7.1(95%信頼区間 3.5~14.3、P<0.0001)であった。
結論
これらの結果から著者らは、PLIが600μg/Lを超えた犬においてCRPが10 mg/Lを超えていた場合、入院治療が必要となる可能性および死亡のリスクが増加すると報告している。
- Highlights
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PLIが600μg/Lを超えた犬503頭を用いて、CRPの予後因子としての意義を評価した
死亡群と生存群のPLIに有意差はなかった
CRPは入院した犬および死亡した犬で有意に高かった
PLIが600μg/Lを超えた犬においてCRPが10 mg/Lを超えている場合、入院治療が必要になる可能性および死亡する可能性が高いことが明らかとなった
小動物消化器センター センター長
この論文では、PLI(IDEXXのSpec cPLと同じです)が600 μg/Lを越えた犬において、CRP 1 mg/dl以下である郡とCRP 1 mg/dlを越えた郡とに分類し(論文ではCRPの単位がmg/Lなので注意、10 mg/L= 1mg/dl)、CRP 1 mg/dlを越えた郡は入院と死亡の可能性が高いことを示しており、PLI>600 μg/Lの犬においてCRPが重症度評価因子および予後不良因子として有用としています。
非常に簡単に言わせて頂くと、「膵炎を疑っている犬でSpec cPLが>600 μg/Lで、CRPが基準範囲を超えていたら、予後に注意しましょう」ということでしょうか。
この論文で筆者が書いている通り重大なリミテーションのとして、今回の研究でインクルージョンされたPLI>600 μg/Lの犬が膵炎ではない可能性が十分にあり、ここには注意が必要です(Texas A & M GIラボは外注検査施設でもあり、膵炎の診断や治療はさまざまな病院で行われた。膵炎の診断基準や行った検査もおそらく様々)。
PLI(Spec cPL)は膵炎以外の様々な疾患(慢性腸症、胃拡張捻転症候群、様々な急性腹症、パルボウイル性腸炎、十二指腸内異物、下垂体性クッシング、ステロイド剤の投与、椎間板ヘルニア、バベシア症、開腹手術後、などなどなど)で上昇することが明らかになっています。
そのため、私個人的な意見としては、今回の研究でインクルージョンされたPLI>600μg/LでCRP <1.0 mg/dlの犬は、アクティブな急性膵炎ではなかった可能性(膵炎以外の疾患、もしくは慢性膵炎だった)が高いと思います。
ただし、膵炎の正確な診断は本当に難しいので(重度の膵炎は比較的診断しやすいですが、比較的軽度の膵炎は臨床診断が不可能なんじゃないか?と思います)、実際の臨床で膵炎かどうか分からない犬、もしくは膵炎を疑う犬において、PLIとCRPを同時に評価するのは非常に重要と思います。
正確な膵炎の診断はさておき、cPLが高くても、CRPが基準範囲内であれば予後は良い可能性が高いということですね。
ちなみに余談ですが、日本では偉大な先生方の先見の明で、昔から犬CRPのベッドサイド測定が一般的ですが(アローズ社のくるくる回るCRP測定器が20年以上前からあった。懐かしい…)、海外では国や施設によると思いますが犬CRPのベッドサイド測定が一般化したのは比較的近年のこともあるっぽいです(別の論文ですが、英国王立獣医大学病院で犬CRPをルーチンに測定するようになったのが2019年と書かれていました)。日本の先生方は昔からCRPの有用性を肌で感じているはずなので、今回の研究結果も納得しやすいものと思います。
論文情報:https://avmajournals.avma.org/view/journals/javma/262/3/javma.23.09.0533.xml
(こちらはOpen Accessのため、元文献が上記リンクより閲覧可能です)
※正確な論文の解釈をするためにも原文を読むことをお勧めいたします。