記事の最後にTRVA動物医療センター院長の塗木貴臣先生から本論文の解説コメントがございます。そちらもぜひご覧ください!
犬に対して催吐目的でロピニロールとアポモルヒネを連続投与した際の安全性および有効性について、Lasse I. Saloranta氏らは健康なビーグル犬6頭にクロスオーバー法を用いて、プロスペクティブに研究を実施した。その結果、これら2剤の連続投与は安全かつ有効であることが明らかになった。結果はJournal of Veterinary Emergency and Critical Care 2024年1月号に掲載された。
研究の背景
犬が毒物や異物を摂取した場合、催吐処置は第一に選択されることが多く、適切な催吐薬を使用することで有害物質の吸収を著しく減少させることができる。近年、犬における新たな催吐薬としてロピニロール点眼薬(30 mg/mL)が注目されている。ロピニロールは、選択的ドパミンD2様受容体作動薬であり、化学受容体引き金帯(CTZ)に存在するD2およびD3受容体を活性化し嘔吐を引き起こす。
また、注射用アポモルヒネは欧州諸国の多くで動物用として認可されており、催吐薬として一般に使用されてきた。アポモルヒネは非選択的ドパミン受容体作動薬のため、D2・D3受容体以外にもα1・α2-アドレナリン受容体、セロトニン受容体、μ-オピオイド受容体に対する作用が報告されている。
催吐処置において単剤での効果が乏しい場合に、追加で別の薬剤を組み合わせることは一般的であるが、ロピニロールとアポモルヒネを連続投与した際の効果は不明であった。そこで著者らは、これら2剤を連続投与した際の安全性および有効性の検討を計画した。
本研究は、6頭の健康なビーグル犬(2歳半、オス)を用いた。アポモルヒネ(10 mg/mL)およびロピニロール(30 mg/mL)は市販薬剤を使用した。
研究デザイン
以下の4つの治療群に6頭全頭を参加させた。
・治療①:低用量アポモルヒネ(21.5μg/kg)を30分かけて点滴静注し、点滴終了から15分後にロピニロール(3.75 mg/m2)を点眼した。
・治療②:低用量ロピニロール(108μg/m2)を30分かけて点滴静注し、点滴終了から15分後にアポモルヒネ(100μg/kg)を皮下注射した。
・治療③:アポモルヒネ(100μg/kg)を皮下注射し、30分後および45分後にロピニロール(3.75 mg/m2)を2度点眼した。
・治療④:ロピニロール(3.75 mg/m2)を15分間隔で2度点眼し、さらに15分後にアポモルヒネ(100μg/kg)を皮下注射した。
全ての犬がまず無作為に治療1と2に参加し、次に同じ順序で 治療3と4に参加することでクロスオーバー法とした。薬剤の洗浄期間は5〜7日であった。それぞれの治療群において嘔吐した時刻、心拍数、嗜眠度などを記録した。
評価
各治療群において、悪心徴候の発現、初回嘔吐までの時間、最後の悪心徴候、総嘔吐回数、心拍数、嗜眠度を比較した。嗜眠の徴候については0(=徴候なし)または1(=嗜眠)でスコア化した。
悪心徴候には、唾液分泌亢進、嚥下回数の増加、咀嚼運動、舌舐めずり、嘔吐、落ち着きのなさ、頭を垂れて立つことが含まれた。吐き気、嘔吐、嗜眠の徴候はすべての個体で認められた。
嘔吐回数と嘔吐までの時間について
平均総嘔吐回数は治療1〜4において順に、8.8回(2〜16回)、6.6回(1〜10回)、4.3回(1〜10回)、8.2回(5〜11回)であったが、総嘔吐回数は治療群間で有意差はなかった。
初回嘔吐までの時間は、アポモルヒネの皮下注射(治療3)とロピニロールの点眼(治療4)で有意差はなかった。
低用量のロピニロール点滴後の嘔吐回数(治療2)はロピニロール点眼(治療4)と比較して有意に少なかった。一方低用量のアポモルヒネ点滴後の嘔吐回数(治療1)とアポモルヒネの皮下注射後の嘔吐回数(治療3)には有意差は認められなかった。
2回目の投与では、嘔吐回数はロピニロールの点眼(治療3)と比較してアポモルヒネの皮下注射(治療4)で有意に多かった。
なお、4群において、最終投与から45〜90分以内に全ての悪心徴候は治まった。
有害事象について
全群において、心拍数は中等度から顕著な一過性の増加を示したが、治療3と4の間で心拍数の有意な変動は認められなかった。
軽度から中等度の一過性の嗜眠は全ての治療群において記録されたが、有意差はなかった。最終投与から4時間後には嗜眠の徴候は全て消失していた。
結膜充血および眼瞼痙攣、筋振戦は全ての治療群に共通して記録されたがいずれも軽度であり、4時間以内に回復した。
結論
これらの結果から著者らは、健康な犬に対してロピニロールとアポモルヒネの連続投与した場合、顕著な安全性の懸念なしに嘔吐回数を増加させることができると報告している。
- Highlights
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健康な犬6頭を用いて、ロピニロールとアポモルヒネの連続投与による催吐作用について評価した
吐き気、嘔吐、嗜眠の徴候はすべての個体で認められ、総嘔吐回数は治療群間で有意差はなかった
初回嘔吐までの時間は、アポモルヒネの皮下注射(治療3)とロピニロールの点眼(治療4)で有意差はなかった
低用量のロピニロール点滴後の嘔吐回数(治療2)はロピニロール点眼(治療4)と比較して有意に少なかった
2回目の投与では、嘔吐回数はロピニロールの点眼(治療3)と比較してアポモルヒネの皮下注射(治療4)で有意に多かった
ロピニロールとアポモルヒネの連続投与は犬に対して安全に嘔吐を引き起こすことが明らかとなった
院長
ロピニロール点眼は海外で商品化/発売されており、またアポモルヒネも欧米諸国で一般的に使用されています。私も犬の催吐処置ではアポモルヒネを第一選択としていますが、実際にアポモルヒネの初回投与で催吐に至らないことや、催吐に至っても目的の異物が排出されないことは時折経験します。
そのような場合の2回目の催吐処置における薬剤選択については決定的なものがないのが現実ですが、その部分に対して調査した本論文は臨床的な有益性があり、面白い部分だと思います。
本論文の治療デザインの中で現場で想定しやすいのは治療③、④と思われ、有意差を認めた2回目投与以降の嘔吐回数を考えると、治療④が最も催吐には効果的と言えます。
では、治療④を現実的に考えてみると、忙しい時間帯に誤食を主訴に来院した急患に対して、最初に点眼するだけであれば業務にそこまで差し支えなく、また追加投与も皮下注射であることは現場での有用性が高いように思えます。また本邦で一般的なトラネキサム酸の静脈内投与で起こりうる、痙攣発作のような重篤な有害事象が本試験では認められていないこと、ならびに治療後4時間で症状が消失していることは、ロピニロールとアポモルヒネを併用する際の安心材料かもしれません。しかし見た目から分かりやすいことから、嗜眠や眼症状は実施前にインフォームすべきと考えられ、投与後の頻脈や持続する嘔吐には注意しておいたほうが良いでしょう。
本試験はnが少なく盲検化されていないこと、単剤プロトコールがないことがリミテーションとして挙げられており、私もその通りだと思います。大規模な臨床試験が行われていないことからも、本試験の内容を鵜呑みにはできませんが、それでも催吐処置における薬剤選択の幅を広げるという意味において、臨床医が1手段として本論文の内容を知っておくことは有益だと考えます。
論文情報:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/vec.13339
(こちらはOpen Accessのため、元文献が上記リンクより閲覧可能です)
※正確な論文の解釈をするためにも原文を読むことをお勧めいたします。