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論文記事協賛:どうぶつ検査センター株式会社
記事の最後に本論文の著者である岩佐直樹先生からいただいた解説コメントがございます。ぜひご覧ください。
犬の粘液腫様変性性僧帽弁疾患(MMVD)の予後予測における血清シスタチンC濃度の有用性について、日本のNaoki IwasaらはMMVDの小型犬50頭を用いてレトロスペクティブに調査した。その結果、血清シスタチンCの濃度はMMVDに関連する死亡リスクと有意に関連しており、クレアチニン濃度が正常な犬においても血清シスタチンC濃度が高い犬ほど生存期間が有意に短くなることが明らかになった。結果はJournal of Veterinary Internal Medicine 2023年3, 4月号に掲載された。
研究の背景
粘液腫様変性性僧帽弁疾患(MMVD)は小型犬で最も多く認められる心疾患であり、左室容量負荷による肺水腫、失神、呼吸困難のために死に至ることがある。腎機能はMMVDの犬において予後と関連している重要な因子の一つである。腎機能の一般的なマーカーはクレアチニン(Cre)濃度であるが、小型犬では骨格筋量が少なく、Cre濃度が上昇しづらいことやMMVDの犬では心臓悪液質によりCre濃度が低下することがあり、腎臓以外の要因に左右されず腎機能障害や予後不良を検出できるマーカーが必要とされていた。
血清シスタチンC濃度は犬の腎機能マーカーとして用いられており、特に小型犬における高感度の腎機能マーカーとして有用である。しかし、犬の心臓病における血清シスタチンC濃度の予後予測に関する報告はない。そこで著者らはMMVDの犬を用いて血清シスタチンC濃度の予後について評価した。
本研究は2015年2月から2021年4月の間に来院したMMVDの犬をレトロスペクティブに組み入れた。大型犬は小型犬に比べ血清シスタチンC濃度が腎機能マーカーとして有用性が劣るため、15kg以上の犬は本研究から除外した。また、血清シスタチンC濃度に影響を与えるプレドニゾロンを過去1か月以内に経口投与された犬、その他の心疾患および全身疾患を合併している犬は除外した。
データ収集
組み入れられた項目は犬の死因、生存期間、投薬歴、臨床症状、体重、年齢、性別、犬種、血清シスタチンC濃度、BUN濃度、Cre濃度、尿比重、UPC、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)、胸部レントゲン検査結果、心エコー図検査結果であった。また、American College of Veterinary Internal Medicine(ACVIM)のガイドラインに従い、MMVDの病気をB1~Dに分類した。
生存期間とMMVD関連死
生存期間を追跡調査し、MMVDに関連した死亡とその他の原因による死亡の日付を記録した。なお、MMVD関連死は肺水腫、失神、呼吸困難のうち1つ以上によって証明されたMMVDの進行の結果として死亡した場合と定義した。
評価
血清シスタチンC濃度をACVIMステージ間で比較した。また、血清シスタチンC、BUN、Cre、尿比重、UPC、ACVIMステージ、ANP、胸部レントゲン検査結果、心エコー図検査結果について単変量Cox比例ハザード回帰モデルを用いて評価した。また、血清シスタチンC濃度が基準範囲上限(0.4mg/L)を超えている群(高値群)と超えていない群(低値群)とで比較した。
本研究には50頭のMMVDの犬が組み入れられた。ACVIMのステージングではB1が15頭、B2が11頭、Cが16頭、Dが8頭であった。血清シスタチンC濃度はACVIMのステージング間で有意差は認められなかった。
血清シスタチンC濃度とMMVDの予後について
追跡期間の中央日数は358日、追跡期間中50頭中21頭がMMVDに関連した原因で死亡した。単変量Coxハザード回帰分析の結果、血清シスタチンC濃度、BUN、ANP、標準化拡張末期左室内径(LVIDDN)、Cre、ACVIMステージDがMMVD関連死と有意に相関していた。結果は下表のとおり。
多変量Coxハザード回帰分析では、血清シスタチンC濃度の高値はMMVD関連死と有意に相関していた(ハザード比:4.657, P<0.01)。
変数 カテゴリー ハザード比 P値
血清シスタチンC >0.4 mg/L 5.086 <0.01
BUN >29.2 mg/dL 4.132 <0.01
Cre >1.4 mg/dL 3.975 <0.05
ACVIMステージ D 3.462 <0.05
ANP >154.5 pg/mL 1.001 <0.01
LVIDDN >1.74 4.669 <0.01
血清シスタチンC濃度とMMVD関連死の解析
MMVD関連死までの生存期間を血清シスタチンC高値群(>0.4mg/L)と低値群(≦0.4mg/L)で比較したところ、高値群は低値群と比較してMMVD関連死までの生存期間が有意に短かった。また、全死亡原因による生存期間も有意に短かった。結果は下図のとおり。
正常なCre値における血清シスタチンCとMMVD関連死の解析
Cre濃度が正常(≦1.4mg/dL)の46頭で同様に血清シスタチンC高値群と低値群で解析を行った。その結果、Cre濃度が正常な個体においても高値群は低値群に比べてMMVD関連死までの生存期間および全死亡原因による生存期間いずれも有意に短かった。結果は下図のとおり。
結論
これらの結果から著者らは、血清シスタチンC濃度が小型犬のMMVDの予後因子であることが明らかになったと報告している。また、血清シスタチンC濃度の高値はMMVDの重症度にかかわらず予後不良と関連しており、Cre濃度が正常な犬においてもMMVDの予後予測に使用可能であるだろうと述べている。
どうぶつ検査センター株式会社
- Highlights
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MMVD50頭の犬を用いて、血清シスタチンC濃度が予後因子として使えるか評価した
血清シスタチンC高値群と低値群で生存期間に有意差が出るか評価した
単変量Coxハザード回帰分析、多変量Coxハザード回帰分析ともに血清シスタチンC濃度の高値はMMVD関連死と有意に相関していた
血清シスタチンC高値群は低値群と比較してMMVD関連死までの生存期間が有意に短かった
また、Cre濃度が正常な犬においても同様に高値群は生存期間が有意に短かった
記事を読んでいただき、ありがとうございました。
今回扱った腎機能マーカーである血清シスタチンCが、なぜ心疾患である粘液腫様変性性僧帽弁疾患(MMVD)の予後マーカーとして有用であったかを解説したいと思います。
キーワードはズバリ『心腎連関』です!
心腎連関の観点から、腎機能は犬のMMVDの重要な予後因子の1つとして知られています(1)。簡易的に腎機能を測定する上で、血中クレアチニン濃度が広く使われており、MMVDにおけるクレアチニンの高値は予後不良因子として報告されています(2)。
しかし、この血中クレアチニン濃度には論文の背景に書いたような短所があります(3-5)。
犬の血清シスタチンC濃度は腎機能マーカー(5,6)および腎臓病の予後予測マーカーとして知られており、血清クレアチニン濃度よりも優れた糸球体濾過量のマーカーであることが報告されています(7,8)。
また、血清シスタチンC濃度は血清クレアチニン濃度に比べて犬種および筋肉量の影響を受けないことが報告されています(9)。(血清シスタチンC濃度の腎外作用についての詳細は『どうぶつ検査センター(株)HP内』で参照できます)
人の医療においても血清シスタチンC濃度は腎不全患者だけでなく、心不全患者の予後にも関連していると報告されており、心腎連関の観点から心疾患の患者にシスタチンCが多く用いられています。(10-15)
心腎連関を想定した場合、心疾患の予後に対する血清シスタチンCの有用性は高く、本論文の結果からも犬の血清シスタチンC濃度はMMVDの重症度に影響しない予後マーカーとして有用でした。
MMVDにおける血清シスタチンC濃度が高値の検体は、MMVDの悪化により心拍出量の低下に伴って、腎血流量が低下し、糸球体濾過量の低下を検出しているかもしれません。
よって、MMVDを管理する際は腎機能をモニタリングすることが重要であり、血清シスタチンCを測定することも重要であると考えています。
今回は血清シスタチンCがMMVDの予後マーカーとして有用であることを報告しました。一方で、本来血清シスタチンCは腎機能マーカーとしてクレアチニン濃度よりも早期に糸球体濾過量低下を検出し、腎臓病の早期発見として健康診断のような血中スクリーニング検査がとても有用な検査です。
今まで血清シスタチンCを利用されたことがない先生方は健康診断などで是非活用してみてください。
- コメントの参考文献
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1. Keene BW, Atkins CE, Bonagura JD, et al. ACVIM consensus guidelines for the diagnosis and treatment of myxomatous mitral valve disease in dogs. J Vet Intern Med 2019; 33:1127–1140.
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3. Finco, DR, Brown SA, Vaden SL, et al. Relationship between plasma creatinine and glomerular filtration rate in dogs. J Vet Pharmacol Ther 1995; 18:418–421.
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9. Iwasa N, Takashima S, Iwasa T, et al. Effect of age, sex, and breed on serum cystatin C and creatinine concentrations in dogs. Vet Res Commun 2022; 46:183-188.
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論文情報:
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jvim.16669
(こちらはOpen Accessのため、元文献が上記リンクより閲覧可能です)
※正確な論文の解釈をするためにも原文を読むことをお勧めいたします。