VETS CASE REPORT第13弾は日本獣医生命科学大学の森昭博先生にご執筆いただきました!
はじめに
プロジンク®は日本において犬、猫用に認可された唯一の動物用インスリン製剤である。犬においては作用持続時間が16-24時間だと考えられている(ward et al. 2021)。プロジンク®は単位の調整がしやすいように40単位/mlの製剤である。そのためヒト用のインスリン製剤(100単位/ml)よりも濃度が薄いことを獣医師は必ず把握しておかなければならない。また、プロジンク®とその専用シリンジは必ずセットで使用することを、飼い主や病院スタッフにも同様に指導することが必要である。
インスリンによる血糖コントロールを実施する際には、インスリン投与後の血糖変動を把握する必要がある。従来は複数回採血をすることで血糖曲線を作成する方法がとられてきた。しかし採血が必要で手間がかかる点や、採血ができる時間帯しか血糖値が把握できないといった点で限界があった。
そうした問題点を解決するため、近年動物の糖尿病治療においても持続型血糖モニタリング装置が使用されるようになってきた。動物の体表に装着したセンサーにより、皮下の間質液中のグルコース濃度を24時間持続的に測定することができる。センサーも小型であり、犬および猫に関わらず日常生活に大きな支障が出ずに使用することができることが多い。夜間の血糖変動も翌朝確認することで知ることができるため、インスリン投与開始の血糖変動把握のため有用である。当院では飼い主が許容すれば、インスリンを投与するすべての犬猫の初期治療に持続型血糖モニタリング装置を装着している。
今回は持続型血糖モニタリング装置であるフリースタイルリブレ※を装着し、プロジンク®で血糖コントロールを行った犬の症例について解説する。
※フリースタイルリブレはヒト用に開発された持続型血糖モニタリング装置(医療機器)であり、動物での有効性及び安全性は確認されていません。
症例概要
食事は8:00と20:00に与えられ、インスリンは食直後(おおよそ8:05および20:05)に投与した。インスリンの投与量は3単位/head/BID皮下投与とし、約0.6単位/kg /BIDで投与した。
※一部時間帯でデータが記録されていないのは、スキャンの前8時間までしかセンサーに血糖値が記録されていないためである。
治療後の経過
プロジンク®投与開始1日目~3日目
1日目は8:00の血糖値が450mg/dl と高値であるが、その後徐々に低下している。20:00に食事とこの日2回目のインスリンを打った後は血糖値が約150-300mg/dlの範囲であり、良好な血糖値であることがわかる。
2日目は8:00に300mg/dl前後からスタートし、その後10:00-11:00で血糖値400mg/dl前後の食後高血糖となり、20:00に約150mg/dlとなるまで緩やかに減少している。2日目は夜間も日中と同様の血糖値の推移を示している。
3日目は血糖値に最も変動が少なく、日中も夜間も血糖値が約200-350mg/dlの範囲を推移している。
プロジンク®投与開始4日目~5日目
4日目、5日目はほぼ同じような血糖変動を示している。日中は8:00に200-250mg/dlから始まり、食後高血糖があり(4日目11:00頃、5日目9:30頃)、その後15:30頃(インスリン投与後7時間半後)に血糖値が最低値となり(4日目約50mg/dl、5日目150mg /dl付近)、その後20:00まで上昇していった。
夜間は4日目、5日目ともに、約200-450mg/dl の範囲を推移していた。
プロジンク®投与開始6日目~7日目
6日目および7日目ともにほぼ同じような血糖変動を示していることがわかる。また、日中も夜間もほぼ同様の血糖コントロールなのも興味深い。これはプロジンク®が12-24時間効くこともあり、この頃から血中濃度が安定してきたということが言えるかもしれない。
6日目、7日目ともに血糖値は8:00に約100-200mg/dlから始まり、10:30頃(食後2時間半後)に血糖値のピークがある。その後徐々に低下し。15:30-18:00(インスリン投与後7時間半-10時間)にかけて、最低血糖値を示している。また夜間も日中とほぼ同様の血糖変動であるが、最低血糖値がインスリン投与後約11時間後(7:00頃)と日中よりも遅くなっていることがわかる。
獣医保健看護学科
獣医保健看護学臨床部門 准教授
この症例ではプロジンク®を用いることで7日目には約100-350mg/dlの範囲で1日の血糖値をコントロールすることができた。1-3日目はプロジンク®の血中濃度が安定化していないせいか、200-450mg/dlの範囲でやや高めの血糖コントロールであるが、血糖変動幅は少ない傾向にあった。4-5日目より食後高血糖と最低血糖値がよりはっきりわかるようになり、6-7日目から明確な血糖変動パターンを示していた。
これまでの報告からもプロジンク®は治療期間が長いほど、糖尿病の血糖コントロールが良化することが報告されている(Ward et al 2021)。これはプロジンク®の長いインスリン持続時間が一因として考えられる。糖尿病の犬にプロジンク®投与後1-9時間までの血糖変動を検討した研究では、ほぼ9時間後の血糖値が最低になることが報告されている(Ward et al 2021)。また犬において、プロジンク®の作用開始時間は約3.5時間で、血中ピーク時間は6-7時間であり、最低血糖値は約14時間で起こり、その作用は24時間継続することも別の研究で報告されている(Clark et al 2012; Maggiore et al 2012)。
このような長いインスリン作用を考えると、最初の数日は血糖値を200-400mg/dlの範囲を目指し、その後血中のインスリン濃度が安定してきてから100-300mg/dlの血糖値を目指すほうが低血糖発現の可能性が低いかもしれない。
プロジンク®は犬において比較的持効型のインスリン製剤であるため、食後高血糖が生じるのはその特性であると考える。今回の症例の場合、食後2-4時間で食後高血糖が起こっている日が多かった。また最低血糖値はインスリン投与後7-12時間後になることが多かった。プロジンク®の最低血糖値となる時間が血糖モニタリングにより分かった場合は、飼い主にその時間を伝えておくとよい。低血糖のような症状が出た際に、低血糖を疑うヒントとなる。
また日中よりも夜間のほうが最低血糖値となる時間が遅い傾向があった(6-7日目の夜間ではインスリン投与11-12時間後; 7:00-8:00)。これは夜間、我々の研究室において人がいなくなり、症例が寝ていたために、運動性が低下したためと考えられる。運動性が低下したことで、皮下からのインスリンの吸収が遅延した可能性が考えられる。
このように、フリースタイルリブレを用いて日中および夜間の血糖変動を記録することにより、症例の血糖変動の特徴や、日中と夜間の違いなど様々なことがわかった。
プロジンク®の効果を判定するためにも、24時間の血糖変動を把握することは推奨できる。
症例報告提供:ベーリンガーインゲルハイム アニマルヘルスジャパン株式会社