アジア獣医内科学専門医(循環器)
Journal of Veterinary Internal Medicine 2021年9月、10月号にJessica LWard氏らがアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)の薬用量と予後に関する論文を発表しました1)。そこで、堀 泰智先生に本論文の結果を踏まえてACEIの薬用量や増量の仕方、注意点などについてインタビューを実施致しました。
- Q.まず、2021年にJessica氏らが報告した論文1)の特徴について教えてください
- Q.この研究結果から少なくともCHFを呈している犬においてはACEIの増量、投与回数を増やすことはベネフィットがあると思われますが、用量依存性があると考えて良いのでしょうか?
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A.これまでACEIは薬理学的に用量依存性があっても、用量が多いと腎臓への負荷や、高窒素血症が心配され、そこまで用量を増やさないことが一般的な使用方法と考えていました。しかし、この論文の著者らは左心房圧減少などの薬理学的効果と臨床的用量の効果に違いがあるのではないかという点に着目したところが面白いと思います。論文内に記載されていますが、薬物動態に基づいた用量、例えば用法用量内の低~中用量のACEI投与だと半日もレニンアンジオテンシンアルドステロン系(RAS)を抑制できておらず、12時間以上はRASがフリーの状態で治療をしていると述べています。しかし、本研究では、高用量を投与することで、少しでも長い時間ACE活性を抑制してRASを阻害することが、予後の改善につながる可能性を初めて明らかにした研究です。症例数も比較的多いのでACEIのポジティブなエビデンスになると考えます。なお、この論文での高用量群は、承認されている用法用量の範囲内で投与された症例がほとんどです。
- Q.これまで薬理学的な用量依存性の論文は東京農工大学から発表されていましたが、内容についてご教示いただけますでしょうか?
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A.実験的に作出した僧帽弁閉鎖不全症の犬において、高用量を投与した方が左心房圧を有意に減少した2)というものです。このように用量依存性の血管拡張作用が示されている中で、臨床的に予後にベネフィットがあることを示したのがまさに今回の論文です。ただ解釈として気を付けないといけないのは、ACEI は血管拡張薬の一種ですから、用量を増やしていくと血圧も下がってきます。ACEI 自体はそこまで強烈に血圧を下げるわけではありませんが、血管拡張薬で血圧を下げすぎると人間では立ち眩みが出たり、犬猫だと元気がなくなったりする副作用が出る症例もいます。ですから血管拡張薬の高用量使用時は血圧を下げすぎないことに注意するのが大きなポイントです。
- Q.Jessica氏らの研究では、心不全の犬全体では有意差はなく、CHFの犬だけで解析した際に、死亡までの期間が延長したとありますが、ACVIM ステージB2(以下B2)で増量することについてはどうお考えでしょうか?
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A.B2の症例でACEIを積極的に増量した記憶はないです。きっと、これまでACEIの増量エビデンスがなかったので、ACEIを増量しようという動機に至らなかったのだと思います。ただ、増量ではありませんが、B2の症例でACEIを追加しようと考えるポイントはあって、ピモベンダン単独で治療していても心拡大が進行してきた場合やMMVDに関連した発咳が認められる場合にACEIを追加しています。
- Q.臨床症状で考えた場合、用量を増量したほうが左房圧が低下するのであれば、咳などの臨床症状の改善も期待できると考えられますか?
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A.東京農工大学の研究結果2)を見ると、ACEIの高用量であっても左心房圧で2mmHgくらいしか下がっていません。これをどう捉えるかですが、下がったのは事実ですから、心不全治療において様々な薬を使っていく中で、オプションの一つとして十分に期待できると考えています。また、私は過去にアラセプリルの臨床症状に対する効果を発表3)しておりますが、その研究では臨床症状として咳の改善効果が認められています。その研究も用量の高い群を設けていたら違いがあったかもしれません。ただし私の感覚ですとステージC以上のかなり重症化している症例では、アラセプリルなどのACEIを使っても咳が改善する印象はあまりなくて、重症化する前の咳が出始めているような症例で使うと改善効果が大きいです。心不全のイメージを山火事に例えると、ボヤのステージだったら消火器で消せますが、山火事になってしまえば消火器では無理があるように、ACEIは消火器のように重症化する手前の症状は抑えるが、利尿剤やドブタミンなど心不全治療を徹底的にやるものと比べると効果は劣ると思います。ACEIは初期の症状を改善できて、副作用も少ないのが一番重要なポイントと思います。
- Q.臨床症状の改善を期待して増量すると、改善しなかった場合に続ける根拠がなかなか見出せませんが、今回の研究では症状がどうかではなく、増量して治療を続けた個体は何かで差が出て生存期間が長かったということでしょうか。
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A.まさにそうです。生存期間が延びたのはすごいことだと考えますし、症状には表れない「何かの差」が生じていると思います。人のデータですが、ACEIを使った方が心不全末期の心臓性悪液質による累積死亡率を減少させたという研究があります。心不全は肺水腫だけでなく末期には多くのことが起こります。カテコールアミンやRASがアクティベートしすぎてタンパクを分解し骨格筋の分解や体力を消耗するような負の連鎖をACEIが抑制するということが、悪液質の研究分野では見直されているようです。そういう意味では今回の高用量での使用が予後を改善したのは理解できます。
- Q.ACEIの増量方法は、SIDで増量するか、BIDにするのかではどうでしょうか?
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A.RAS抑制をしている時間も考えると、私はBIDの方がよいと思います。一方、今までの様々な論文からの情報を整理すると、利尿剤も含め血圧に関わる薬や、一時的に大きく血圧を下げる薬は代償機構が働きリバウンドが起こります。その結果心臓や自律神経系に負担をかけていくと考えています。その意味でもSIDで増量するのであればBIDにして、血中濃度のピークとトラフの差を低くして長期間作用させる方がよいだろうというのが私の持論です。
- Q.Jessica氏らの論文はほとんどがエナラプリルでしたが他のACEIでも同様の期待できるのでしょうか?
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A.大きな枠組みで考えるとマイルドな血管拡張薬、アラセプリルやベナゼプリルも同じだろうと考えています。ただし、各ACEIの中で開発治験時に用量依存が認められているのはアラセプリルとエナラプリルだけですので、この結果を参考にしても良いと思います。あとは承認されているACEI の用法用量の幅が広い方が増量はしやすいと思います。
- Q.ちなみにACEIの用量を増やすときに注意すべきポイントはありますか?
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A.ピモベンダン以外の血管拡張薬は効きすぎて低血圧になる症例がときにあります。症状としては元気がなくなった、食欲がなくなったというのが多いです。ですから飼主さんには薬の増量、追加の際には食欲元気の変化に気を付けて見てもらうように伝えます。そうしないと「薬を飲んだから調子が悪くなったのでもう飲みたくない」と言われ投薬をしなくなることが懸念されます。調子を崩したときには用量を調節して、体に合った使い方をしていくことを事前にお話しすることが大切と思います。
- Q.いわゆる効きが悪いときに他のACEIへの切り替えについてはいかがお考えでしょうか?
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A.先ほど述べましたが、ACEIという大きな括りでは同じ薬だと考えており、そんなドラスティックには違わないと思います。しかし、アラセプリルに関しては、低血圧に関連した副作用が稀に出るデメリットを感じますが、メリットとして咳の抑制や長い作用時間、さらに細胞レベルで自律神経のサイトカインやノルエピネフリンを抑える作用など、他のACEIよりも幅広いオプションの効果が期待でき、それこそ目に見えない効果を期待して、薬剤変更を勧めることがあります。飼主さんも「他のACEI に変更しても現在飲んでいる薬と同じ系統だから、大きな変化はないですよ」と説明すると安心感を持てると思います。
- Q.副作用が見られた場合にはどうされていますか?
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A.基本的にどの薬でもそうですが、調子が悪いと言われると、私たち獣医師の責任を感じるので一旦休薬し、ウォッシュアウトすることで体調が戻るかどうかを確認しています。アラセプリルに関しては事前に「スーパーレスポンダー(過剰に反応する個体)がいるんだよ。もし何か調子が悪くなったら薬を減らすからすぐ教えてね」と伝えます。それで用量を減らしたら大抵悪い症状は消えていきます。例えば1mg/kgで飲んでいる場合は半量にしてみるとか。SIDで服薬していたらEODにしてみるとか。そういう形で悪い症状を消して飼主さんのコンプライアンスを維持していくことを目的に用量を減らすようにしています。
以上、堀先生へのインタビューをお届けいたしました。ACEIの増量については経験的、実験的なエビデンスはありましたが、臨床的なエビデンスが乏しかった領域でした。今回、堀先生に実用的な使用方法についてお話いただきましたが、参考になれば幸いです。
引用文献
1)Journal of Veterinary Internal Medicine. 35(5): 2102-2111,2021 Jessica L. Ward et al.
2)Veterinary Journal. 245 : 7‒11 2019 S. Goya et al.
3)J. Vet. Med. Sci. 80(8): 1212‒1218, 2018 Y. Hori
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