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MMVDでよく認められる徴候として運動不耐性、発咳、呼吸困難がありますが、これらの臨床徴候を家族から正確に聴取することは、治療方針を決定する上で非常に重要となります。そこで竹村直行先生(日獣大)を座長に、藤井忠之先生(埼玉県開業)、桑原孝幸先生(群馬県開業)を交えて、各種臨床徴候の問診および身体診察について座談会を開催しましたので、その概要をお送りします。
- 問診による運動不耐性の確認
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竹村直行先生 アメリカ獣医内科学会(以下ACVIM)は、犬のMMVDのステージ分類を提唱しています。ステージBとCに関しては、ステージCは過去に肺水腫になった既往がある、もしくは現在肺水腫に罹患しているとされています。
つまり、運動不耐性や咳などの臨床徴候が認められていても、肺水腫が認められていなければステージBに分類されます。このことを鑑みてMMVD臨床徴候を考える必要があります(図)。竹村直行先生 MMVDによる左心不全徴候は、主に運動不耐性と肺水腫の2つです。咳は左心機能が低下して認められる臨床徴候ではなく、拡大した左心系が気道を圧迫することで現れるため、咳は厳密にいうと左心不全徴候ではありません。
運動不耐性はMMVDの経過の中で最初に認められる臨床徴候と思いますが、先生方は問診で運動不耐性の有無を確認するためにどのような質問をしていますか?藤井忠之先生 散歩に行く犬であれば途中で帰りたがるか、歩きたがらなくなるかを聞くようにしています。また、自宅でチャイムが鳴ったときに吠えていた犬が吠えなくなった、あるいは玄関まで走って行かなくなってしまったなどいつもとの違いを聞くようにしています。桑原孝幸先生 いつものコースを最後まで散歩できなくなったというのは、運動不耐性の現れだと思います。散歩以外に、今まで出来ていたことが出来なくなってしまった、というのも判断材料にしています。竹村先生 我々は「最近の散歩の状況はどうですか?」と最近という言葉を使ってしまいがちです。しかし、毎日その犬と接している家族にとっては、少しずつ出現・悪化する臨床徴候の変化に気づきにくいと思います。ですから「若い頃と比べてどうですか?」と質問をすると、多くの情報が得られると思います。
桑原先生が話されたように、屋内外で以前は出来ていて最近は出来なくなったことを質問することは、運動不耐性の良い確認法だと考えています。 - 運動不耐性が認められる犬の治療
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竹村先生 運動不耐性が認められる場合、どのような治療をしていますか?桑原先生 心雑音を確認し、胸部X線検査や心エコー図検査を実施して、心臓の状態がある程度悪いと判断できれば治療の開始を家族に提案します。竹村先生 運動不耐性は認められるが、胸部X線検査ではそれほど左心拡大が認められず、すぐに肺水腫になりそうな状態ではない場合、先生方はどのような薬剤を使われますか?藤井先生 私は他の疾患を除外した上で、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬を使っています。実際に運動不耐性が改善し、喜ばれる家族が多いと実感しています。竹村先生 最近、「“MMVDの治療にACE阻害薬は不要だとか、ピモベンダンと利尿剤だけで治療できる”とある日本獣医循環器学会認定医の先生が言っていましたが、実際のところどうでしょう?」という問い合わせが増えていると感じています。確かに、この疾患の治療に関してはピモベンダンの有効性を報じたいくつかの論文があります。これに対して、ACE阻害薬に関してはピモベンダンのような明確なエビデンスこそ存在しませんが、私がこれまでこの薬剤を使ってきた経験では、藤井先生が仰るように運動不耐性が改善する症例が多いのは事実だと思います。
エビデンスはエビデンスとして尊重しますが、獣医師としての自分の経験や印象を大切にすることも大事だと思います。無論、私も運動不耐性が確認できた症例では、ACE阻害薬を家族に提案しています。認定医の先生の中には「人でもACE阻害薬はもはや使われていない」と断言する方がいますが、これも間違いです。少なくとも、収縮力が低下した心臓病では推奨されています。 - 問診・身体診察による咳の評価
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竹村先生 話題を咳に移します。まず論文を2つ紹介します。咳をしているMMVDの犬の中には、左心拡大が原因で咳が発生している場合もあれば、胸部X線検査や気管支鏡検査により気道の異常、特に細気管支の閉塞が確認された、つまり気道疾患を合併している症例も存在することを報じた論文です(図)。竹村先生 次は、MMVDと気道疾患による咳の発生リスクを解析した論文です。
まず、気道疾患の有無によりMMVD罹患犬を2群に分類し、さらに左房のサイズで分類しました。注目すべきことは、気道疾患がなく左房サイズが正常なMMVD罹患犬が発咳するリスクを1とすると、左房サイズが大きくなると発咳リスクがオッズ比で2.656倍に上昇した点です。
さらに興味深いことに、気道疾患が合併すると左房サイズが正常であっても発咳するリスクが2.437倍になります。そして気道疾患が合併し、かつ左房サイズが増大しているとこのリスクが10.733倍と明らかに上昇しています。つまりMMVDの犬の発咳は、左心拡大のみが原因している場合、そして合併した気道疾患も原因している場合に分けて考える必要があります。
ところで、問診や身体診察でどのようなときに気道疾患の合併を疑いますか?藤井先生 心臓病治療薬を開始しても咳が激しい場合に疑います。さらに、寒い時期の朝方などに冷たい空気を吸い込むことで咳が激しくならないかなどを問診します。発咳テスト(喉頭圧迫試験)も実施していますが、心臓性の咳がひどくても発咳テストで咳をすることがあるため、この試験の結果の解釈は難しいと感じています。そのため、胸部X線検査で気道疾患合併の有無を最終的に確認しています。竹村先生 「MMVDの治療をしても咳が治まらない」という主訴で、私の診療科を受診する症例は少なくありません。
私は心拍数とラッセル音の有無を必ず確認しています。先述したように、気管虚脱または慢性肺炎の犬は、ラッセル音が聴取されることが多いと思います。また、MMVDがそれほど重度でなければ、院内心拍数100~120回/分程度で、それほど高くありません。心機能が低下すると院内心拍数は130~140回/分に上昇するため、MMVDが原因で咳が出てきてもおかしくない、と私は判断しています。また、心機能の低下に伴って交感神経系が優位になると、心電図検査では洞不整脈が消失し、脈のリズムは一定になるという変化にも注目しています。 - 咳の試験的治療
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竹村先生 藤井先生から話がありましたが、MMVDを試験的に治療してみて、その後の反応をみるという方法は実践的だと思います。一般的な心臓病治療薬の中で、心臓を最も小さくする作用が強いのはピモベンダンだと思います。ですから、ピモベンダンの投薬開始後に発咳が軽減しないのであれば、その段階で呼吸器疾患を改めて疑うと良いでしょう。さらに、発咳が出現・悪化する場所や季節が限られている場合には、アレルギーの関与が疑われるため、この点は問診で必ず確認すべきでしょう。桑原先生 左房拡大が激しく、気管虚脱も考えられる場合に、発咳がどちらが原因で生じているのか分からないことがあります。ピモベンダンの試験的投与は、心拍数が高く、かつラッセル音がある場合に限ってということでしょうか?竹村先生 ラッセル音は肺水腫でも認められるので、必ずしも信頼できる判断材料ではありませんが、ピモベンダンは左心拡大があれば使用しています。私が重視しているもう一つの点は、咳の重症度です。家族の睡眠の妨げになっている場合、あるいは犬の体重が減少傾向を示しているか低下している場合は、ステロイド剤を家族に提案します。ただ、ステロイド剤は高用量を使用すると全身血圧が上昇し、心負荷が増してしまうおそれがあるため、いわゆる抗炎症量で1日1回投与しています(図)。 - 心拍数が高い犬への対応
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竹村先生 先ほど心臓性の咳の場合に、交感神経優位となり心拍数が高くなると言いましたが、心拍数が高いときは何か治療をしますか?桑原先生 ACE阻害薬の中でも、交感神経の作用を抑える作用も有するアラセプリルを使用することが多いです。竹村先生 確かにアラセプリルは血管拡張作用に加えて、末梢交感神経を直接抑制する作用があり、心拍数を低下させることが報告されています。そのため、ACE阻害薬を既に服薬している犬が心拍数の上昇傾向を示したらアラセプリルへの変更を提案しています。あるいは、最初からアラセプリルを家族に提案しても良いと思います。但し、頻拍などに伴って全身血圧が低下していない限りは、β遮断薬は使用していません(図)。 - 体重と筋肉量を評価する重要性
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竹村先生 次に体重と筋肉量の話に移ります。発咳が重篤な犬では、体重が減少することが多いため、体重と生命予後に関する論文を紹介します。MMVDと診断した後に体重が増加した犬、低下した犬、増減しなかった犬の3群に分類し、その後経過を観察した論文は、体重が増えた犬の生存率が有意に高かったことを報告しています(図)。このことから、MMVDの犬は減量すべきでないと言えます。竹村先生 また最近では、悪液質は、12ヶ月以内の説明がつかない5%以上の体重低下、筋肉量が低下のいずれか、もしくはこの両者を満たす場合と定義されています。このうち筋肉量の低下はこれまであまり重要視されていませんでしたが、悪液質を指し示す所見として重要です。筋肉量は、世界小動物獣医学会(WSAVA)が推奨しているマッスル・コンディション・スコア(MCS、図)を参考に評価します。MMVDの犬の体重管理や筋肉量の変化について、先生方はどのように考えていますか?桑原先生 体重減少はBCSで判断することが多いのですが、側頭筋は見て判断しやすいため、側頭筋の筋肉量が落ちている場合はかなりの悪液質、あるいはその動物の状態が悪いと判断しています。また、体重減少が認められている場合は、心臓病が悪化している可能性を家族に伝えています。体重に変化がない場合は、今のまま体重を落とさないようタンパク質を摂取することを勧め、内服薬を継続するようアドバイスしています。竹村先生 WSAVAのMCSの説明によると、筋肉量が低下し始めるのは脊椎骨両側の軸上筋(図のB)であるようです。側頭筋の筋肉量低下は悪液質がかなり進行してから認められるため、日常的な身体診察に組み込むのであれば、このBの位置での筋肉量を確認すればより早く筋肉量の低下に対応できると思います。 - QOLを考える
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竹村先生 最後にQOLについてです。MMVDの犬のQOLが保たれているかどうかの判断は、どのようにされていますか?桑原先生 咳がひどく、家族の方も眠れないような状態であるなら、それは何とかしなくてはならないと判断しています。また、利尿剤の使用により排尿回数が増えたことによる問題がないかを問診で確認することで、動物とご家族の両方のQOLを高めるよう心がけています。竹村先生 こちらの図は米国のデータで、ペットのQOLと余命のバランスを10段階で家族に質問した結果です。大半の方がQOLを重視しています。これは米国での調査結果ですが、おそらく日本も同様と推測されます。また、下の図ではQOLを改善させるためなら、余命がどれくらい短くなっても構わないか、家族に質問した結果です。興味深いことに8割以上の方が6ヶ月(以上)と回答しています。つまり、検査値云々よりも、自分の家族である犬のQOLを最重要視していることが読み取れます(図)。竹村先生 先生方はご家族にQOLについて質問をするときに、QOLという言葉を使いますか。もしくは別の言葉に置き換えていますか?藤井先生 私は「QOLのことを生活の質と表現します」と前置きをして、食欲がないなどの具体例をあげながら話をしています。竹村先生 私は「辛くない状態」や「犬らしく生活できる」といった表現に言い換えています。その理由は、一般の方の80%以上が、QOLという言葉を聞いたことがなかったり、あるいは聞いたことはあってもその意味を知らなかったという調査結果があるからです。そのことを念頭に置いて、家族とコミュニケーションを取ることも大切です。 - まとめ
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藤井先生 動物とその家族の笑顔をいつも目指していますが、なかなかうまくいかないこともあります。今日の筋肉量の話は私にとって目新しいものでしたので、今後は筋肉量の評価を含めた身体診察を心がけけたいと思います。桑原先生 運動不耐性の問診一つをとっても聞き方によって我々獣医師と家族の認識には、差が生じることがあるのかなと思うことがあります。そうなると治療を進めていく上で、私が考えていることと家族が思っていることが乖離してしまい、良好な関係を保てないことが懸念されます。ですからしっかり問診を行い、家族に寄り添う姿勢がより良い治療を確立できると改めて思いました。竹村先生 問診、身体診察は診療のために行うものですが、獣医師が動物にちゃんと触ったり、声をかけたり、さらには自分の話をきちんと聞いてくれるかどうかを家族は見ています。ですから、問診や身体診察はご家族との信頼関係を構築する上でも本当に重要なものであり、おそらくこのことが今日の対談のまとめ、というか結論になるのではないでしょうか。先生方、今日はお忙しい中どうもありがとうございました。
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